Jリーグ札幌が「インバウンド」に力を入れる理由 東南アジアのスター獲得で実感した地域への還元
最後の言葉は「スパチョーク、よろしくお願いします!」
レ・コン・ビンの契約延長には失敗したものの、ASEANのスター選手を獲得することで得られるメリットに、クラブは揺るぎない確信を得ることとなった。そして、この時の成功と課題は、次のチャレンジへと生かされていく。
【注目】育成とその先の未来へ 野球少年・少女、保護者や指導者が知りたい現場の今を発信、野球育成解決サイト「First Pitch」はこちら
2016年に博報堂DYメディアパートナーズと「クラブビジネス戦略パートナーシップ契約」を締結。同社から人材を出向してもらうことで、海外事業拡大のリソースを確保するとともに、現地のネットワークは一気に拡大する。その大きな成果が、2017年のチャナティップ獲得。翌18年には、完全移籍となる。
「チャナティップが完全移籍したことで、インバウンドビジネスの可能性がさらに高まりました」と語るのは、前出の竹内である。続きを聞こう。
「まず、彼の肖像権を使えるようになったこと。そして、ある程度のスパンを持った戦略が可能になったこと。これでタイの市場にフォーカスした、さまざまな展開が可能となりました。幸いチャナティップ自身、札幌での生活をエンジョイしてくれていましたし、自分の役割を理解した上で『どう表現すればいいか』を一緒に考えてくれました」
完全移籍した2018年は、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督のサッカーにもフィットし、J1で30試合に出場して8得点。クラブ史上J1最高成績の4位でシーズンを終え、自身もベストイレブンに選出されている。こうした活躍も相まって、現地のメディアも盛んにチャナティップを取り上げるようになり、札幌ドームを訪れるタイの観光客は目に見えて増加していく。
「宮の沢(白い恋人サッカー場)でトレーニングを見学して、石屋製菓のお土産を買って、ドームでサッカーを見て、というコースができ上がっていましたね。バンコクから新千歳空港には直行便が飛んでいるんですが、それまで年間の利用者数が数千人だったのが、コロナ前には20万人くらいになったそうです」
そのままコロナがなければ、札幌のインバウンド戦略はさらなる高みに達していたことだろう。2020年、地球上を覆ったパンデミックにより、観光産業は一斉にストップ。竹内が抱えていたプロジェクトも、ことごとくキャンセルとなった。ようやくコロナ収束が見えてきた2022年1月、チャナティップの川崎フロンターレへの移籍が発表される。サポーターとのお別れが実現したのは、今年6月24日のセレッソ大阪との試合後。その時の様子を竹内はこう語る。
「タイのクラブ(BGパトゥム・ユナイテッドFC)に移籍することが決まり、川崎さんのご理解もあって、直前に決まったんです。クラブとしての告知ができず、試合も負けたので、すぐに帰ってしまったお客さんもいたと思います。そんな中、チャナティップは日本語でスピーチしてくれたので、スタンドに残っていた皆さんはほっこりしたと思います」
ちなみに、スピーチの結びは「スパチョーク、よろしくお願いします!」だった。レ・コン・ビンでのチャレンジから始まり、チャナティップで成功を収めた札幌のインバウンド戦略。スパチョークを迎えたことで、今後どんな新たな風景を見せてくれるのだろうか。(文中敬称略)
(宇都宮 徹壱 / Tetsuichi Utsunomiya)