「走れる作家」になりたかった私が文章を書き残す理由「だから、生きていた痕跡を」【田中希実の考えごと】
陸上女子中長距離の田中希実(豊田自動織機)がコラムを執筆する。3種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる23歳。達観した思考も魅力的な彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。
本人執筆の連載「田中希実の考えごと」プロローグ「走れる作家になりたかった」
陸上女子中長距離の田中希実(豊田自動織機)がコラムを執筆する。3種目で日本記録を持つトップランナーである一方、スポーツ界屈指の読書家としても知られる23歳。達観した思考も魅力的な彼女は今、何を想い、勝負の世界を生きているのか。
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「THE ANSWER」では、陸上の話はもちろん、日常の出来事や感性を自らの筆で綴る特別コラム「田中希実の考えごと」を始動する。長年の日記によって培われた文章力を駆使する不定期連載。今回はコラム開始に先立ち、プロローグ「走れる作家になりたかった」をしたためた。なぜ、書きたいという想いが芽生えたのか。幼い頃に夢見た“走る×書く”という唯一無二のスタイルについて、独自の感性をもとに明かす。
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この度、連載のお話を頂いた時、すごく不思議な感じがした。
私は小学生の頃、「走れる作家」になりたかったから、奇しくもその夢に近い者になれたのではと思ったからだ。
今となっては、作家になれないのは分かっている。他人に興味がないし、頭が硬く想像力もない。自分の経験をもとに、自分の考えを綴るだけで精一杯。小学生の頃に書き散らかした「お話」を読んでみると、お気に入りの事象をただ詰め込んだだけで、当時の自分としても、自己満足とはっきり分かる内容だった。
書くこと一本でやっていくというのは半端なことでなく、ともすれば書くことや、読書も、好きだったはずが嫌いになってしまうのではないか。それは避けたかった。
そこで「走れる作家」ということだが、この「走れる」という部分も、今の自分が思う「走れる」とは大分方向性が違っていた。
当時はとにかくスピードがなく、100メートル20秒が切れないので、スタートは必ず出遅れる。しかし、そのままのペースで走り続けられるという謎の特性があったので、校内では気づいたら一番になれた。しかし、いくら同じペースで走り続けられたとしても、学校の一歩外に出たら、ランニングクラブでトレーニングしている子たちには歯が立たないのだ。みんなどうやって「速く」走っているのか、見当もつかなかった。
そこで私は、マラソンなら大人になればできるだろうと、短期的な目標を放棄した。
もしかしたら母のように、ある程度大きなマラソン大会で結果を出せれば、色んな賞品がもらえたり、海外に派遣してもらえたり、走ることで生きていくことだってできるんじゃないだろうか。
また母は、走る以外は子供のいる主婦でもあった。いわゆる「ママさんランナー」の先駆けだった。子供ができても走り続けることは、すごいことなんだと、周りの大人たちの口ぶりで私も理解していた。なら私も、もし子供ができても走り続けよう! 走れて、うまくすれば世界中回れて、子供がいて、お話も書ける! 専門分野はなくても、幸せな人生が歩めそうだと思った。