日本代表は「眩しい存在であるべき」 日韓W杯から20年、宮本恒靖が“スター不在”危惧
今のチームなら眩しい日本代表を取り戻せる
あの時の熱狂を知るだけに、宮本は今の日本代表を取り巻く“乾いた空気”に対して、危機感を感じているようだ。
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「次のカタール・ワールドカップが大事だと思いますね。スポーツが持つ力は凄いし、一瞬であれだけ心が動かされるスポーツって、なかなかないじゃないですか。それが味わえるのがワールドカップであり、その瞬間というのを改めて知ってもらうには、カタール・ワールドカップはすごくいい機会だと思います」
過去、日本代表がグループリーグを突破したW杯は例外なく盛り上がってきた。その中からスター選手も生まれている。02年の稲本潤一や宮本、10年南アフリカ大会の本田圭佑らだ。果たしてカタールW杯では、20年前のようにスター選手と眩しい日本代表を取り戻すことができるのだろうか。
「それができるのが、今の日本代表だと思う」
宮本は、カタールW杯で“20年の進化”が見られるような日本代表の活躍を期待している。
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■宮本恒靖 / Tsuneyasu Miyamoto
1977年2月7日生まれ、大阪府出身。95年にガンバ大阪ユースからトップ昇格を果たし、1年目から出場機会を獲得。97年にはU-20日本代表主将としてワールドユースに出場する。シドニー五輪代表でもDF陣の中核を担うと、2000年にA代表デビュー。02年日韓W杯前は控えの立場だったが、ベルギー戦で森岡隆三が負傷したため緊急出場。鼻骨骨折した顔面を保護するフェイスガード姿が話題となり、「バットマン」と呼ばれて人気を博した。日韓W杯後に就任したジーコ監督からも信頼され、06年ドイツW杯にも出場。11年に現役引退後は、日本人の元プロサッカー選手で初めてFIFAマスターを取得した。古巣G大阪のトップチーム監督などを経て、現在は日本サッカー協会理事を務める。
(佐藤 俊 / Shun Sato)