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五輪王者・羽生結弦が裏方に見せる「普通」の顔 14歳から知る日本代表ドクターの証言

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載。注目競技の一つ、フィギュアスケートは「フィギュアを好きな人はもっと好きに、フィギュアを知らない人は初めて好きになる17日間」をコンセプトに総力特集し、競技の“今”を伝え、競技の“これから”につなげる。

2008年から代表選手をサポートする土屋明弘さんが羽生結弦の「普通」の人柄について語った【写真:AP】
2008年から代表選手をサポートする土屋明弘さんが羽生結弦の「普通」の人柄について語った【写真:AP】

「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」#39 連載「銀盤のささえびと」第3回・日本代表ドクター後編

「THE ANSWER」は北京五輪期間中、選手や関係者の知られざるストーリー、競技の専門家解説や意外と知らない知識を紹介し、五輪を新たな“見方”で楽しむ「THE ANSWER的 オリンピックのミカタ」を連日掲載。注目競技の一つ、フィギュアスケートは「フィギュアを好きな人はもっと好きに、フィギュアを知らない人は初めて好きになる17日間」をコンセプトに総力特集し、競技の“今”を伝え、競技の“これから”につなげる。

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 連載「銀盤のささえびと」では、選手や大会をサポートする職人・関係者を取り上げ、彼らから見たフィギュアスケートの世界にスポットライトを当てる。第3回後編は「日本代表チームドクターが見た羽生結弦」。2008年から代表選手をサポートする千葉・船橋整形外科病院の土屋明弘さん。羽生が14歳の時から「準備」を大切にする姿や、人柄について明かしてくれた。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

 ◇ ◇ ◇

 ファンの悲鳴が響き渡った。14年11月のグランプリ(GP)シリーズ中国・上海大会。フリー直前の6分間練習、羽生は海外選手と激しく衝突した。体はリンクに打ちつけられ、顔の一部から流血。頭にテーピングを巻いて出場し、2位に食い込んでみせた。

 たまたま日本チームにはドクターがいなかった。この時以降、強化部所属ドクターを増やし、GPシリーズには必ず一人は帯同するようになったという。

 08年から日本スケート連盟の医事委員になった土屋さんが、初めて羽生のそばについたのは09年世界ジュニア選手権(ブルガリア)。大会最年少の14歳だった。ドクターの仕事は選手を無事にリンクに立たせること。様子を気遣いながら控室まで一緒に歩いた記憶を思い起こした。

「彼の初めての世界ジュニアです。緊張していましたね。コーチに言われていたのかもしれないですが、しっかり演技の準備をしていました」

 シニアで歴史に名を刻む前の初々しい時代。当時は12位に終わったが、翌年大会で優勝を果たし、満を持してシニアへと羽ばたいていった。

 土屋さんは66歳の今も日本代表のチームドクターを務めている。世界選手権や四大陸選手権などの国際大会は「ほとんど皆勤賞」。ソチ五輪も合宿地のアルメニアに待機して選手たちを支えてきた。

 普段は代表選手たちの薬の相談、怪我の診断などをサポート。大会ではウォーミングアップをする選手に近づきすぎず、離れすぎず、邪魔をしない距離から有事に対応できるよう見守っている。拠点は各地に散らばっているため「羽生選手を普段からずっと見ているわけではないですが」と踏まえた上で、印象を明かす。

「しっかりと準備運動をしています。早く来てやっていたり。私が同行し始めた頃は少し準備が足りない選手もいましたが、羽生選手はやっていましたね。ルーティンが決まっているのだと思います。自分の体をわかっている。ストイックな感じがします。いろいろと自分で気をつけているのでしょう」

 今でも変わらない。セルフケアができるアスリートだ。

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