渋野日向子は米予選会で何を得たのか 8日間撮影の在米カメラマンが感じた回り道の意義
プロの選手が何かを変えることは複雑で繊細な問題
2013年のマスターズを制したアダム・スコットという選手がいる。2000年のプロ転向後から現在に至るまで、スコットはタイトリスト社のボールを使用しているが、マスターズに優勝した年の暮れに、自らが理想と考える高めの弾道を実現するために、同社が提供するやや高弾道で飛ぶタイプのボールに使用球を変更した。
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理想の弾道を得たはずのスコットだったが、翌シーズンの成績は散々なものだった。同社のボール担当者とともに不調の原因を分析してみると、使用球を変更したことで理想の弾道を打てるようになったにもかかわらず、自らの体がそれまでに慣れ親しんだ中弾道を追い求めるように動いていたことが分かった。頭の中で理想と考えていたはずの高弾道を、スコットの体は「いつもより弾道が高すぎる」と反応してしまい、中弾道のショットを打つように体が勝手にアジャストしようとした結果、スイングのバランスが崩れたのだ。
年が明けて元の中弾道タイプのボールに戻した途端、スコットは2連勝を挙げた。プロの選手が何かを変えることは、アマチュアでは想像も及ばないほど複雑で繊細な問題であるのかと、驚かされたエピソードだった。
2019年にAIG全英女子オープンを制したメジャー覇者の渋野にとっては、回り道と言われるかもしれない今回の挑戦。最低ラインであっても目標をクリアした今、この「経験」はプロとしての渋野の中で複雑に、ただ確実に消化され、いつか大きな糧となって「活かせる」日が必ず訪れるだろう。渋野の2022年が、今は楽しみで仕方がない。
(田邉 安啓 / Yasuhiro Tanabe)