五輪の理念にある「平和」の深い意味 世界の紛争地を見続けた日本人スイマーの視点
コロナ禍の大会で大事になる「メディアの役割」
スポーツを観るときは、親しみの薄い外国選手よりも、自国選手の活躍ばかりに目が向くのは当然のことだと思います。しかし、「平和の祭典」は、世界各国から参加している選手と関係者、そして応援する私たちが全員で作り上げるものです。参加する選手だけでなく、観る人がいかに自国以外の選手にも興味を持ち、そこに潜んでいるメッセージを知ることができるかだと思います。
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本来の形であれば、試合会場で応援したり、街やキャンプ地で選手、あるいは諸外国から訪れた観光客と触れ合う機会のある自国開催は、遠い存在だった外国を身近に感じることができる貴重な機会でした。しかし、残念ながらコロナ禍によって、国際交流のリアルな機会を私たちは奪われてしまった形となります。
では、このような状況下で、私たちは、どのようにして「平和の祭典」であるオリンピック、パラリンピックの意義を感じ取ればよいのでしょう。
そこで大事になるのが、メディアの役割です。私のようなスポーツファンは、試合を観ているだけで、競技レベルや精神面のレベルの高さ、大会にかける姿勢も垣間見えるので、純粋にパフォーマンスだけでも感動しますし、王道のマスメディアに頼らずとも、自分なりに国内外のウェブ記事などを調べて注目選手を見つけられます。しかし、普段、スポーツに興味がない、知らない競技は観ない人の心を動かすのは、やはりテレビなどで観たり聞いたりする、結果の裏側にある、選手一人ひとりのドラマだと思います。
オリンピック、パラリンピックから平和の種を見出すのも、背景の知識が必要になります。私たちがどこまで選手たちのことを知っているかによって、その結果とともに感じられるドラマが違ってくると思うのです。
その象徴的なスポーツシーンとして思い出されるのは、2018年平昌五輪スピードスケート女子500メートル決勝後、日本の小平奈緒選手と韓国の李相花選手の姿です。ウイニングランの際、2位に終わり泣きじゃくる地元・韓国の李選手を、金メダルを獲った小平選手が抱き寄せる姿は、それだけで観ている人を感動させたと思います。それと共に、日本と韓国の複雑な歴史的背景があるなかで、2人の長年の友情、ライバル関係が報じられたときは、多くの方がより深く胸を打たれたと思います。
わずか数秒のゴールシーン、迫真の場面を捉えた写真一枚でも、その姿にブワッと鳥肌が立った経験もあると思います。そして、実況や解説、ドキュメンタリーやインタビューで選手の背景を知ることで、さらに興味を持ち、感動する。どんなマイナーな選手でも、オリンピックやパラリンピックで競技する選手たちのドラマは絶対にあります。そこに潜んでいる平和のメッセージを伝えてくれることをメディアには期待しています。