「死んでもいい」の覚悟で甦った元世界王者 伊藤雅雪が引退を翻した6か月間の出来事
1歳7か月の長男も応援に「最近、シャドーを打つんですよ」
辞める理由が消えた。横浜光ジムの元日本ミドル級王者・胡(えびす)朋宏トレーナーとタッグを結成。「自分がどんなボクシングをしたいか」を見つめ直した。試合前の決めごとなどを意識しすぎたのが前回の反省。「元々はビビりで技術もない。だから、足を使ってばかりになっていた」。過去の米国合宿で新たに覚えたのは前に出るスタイル。本来の「自由なボクシング」を目指した。
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「足も使えるし、前にも出られるし、前に出てよくなければ下がれるし。その場その場の自分の感覚を信じてやってきた。それが自分のボクシング。持ち味で才能だと思っている。今はいろんなことができる。コンディションも今回は凄く慎重につくってきた」
ライト級は3戦目。前戦は控室のミット打ちで息が上がった。「何か嫌だな」と抱えたモヤモヤがそのままリングに出た。計量後のリカバリーにも細心の注意を払い「パンチもキレていたし、本当に作り方が良かった」と成功。勝利への飢えが調整を慎重にさせた。
「背水の陣。命を削るような試合になる」と覚悟を決めて臨んだリング。一時は無難に行こうとしたが、陣営の言葉で目を覚ました。「死んでもいい。とにかく悔いを残したくない。もっと前に、もっと前に」。ロープに詰めて4発目、5発目を叩き込む。世界戦で米国のファンを沸かせた長所を取り戻し、足も使えた。8回に連打で倒しきった。
「やりたかったボクシングはできた。ボクシングを続けられることが凄く嬉しい。続けたいからこそ、今日は勝ちたいと思った。この1、2年で凄く変わったところ。世界挑戦した時は、あそこを死に場所にするつもりでやっていました。逆に言ったら僕の気持ちが中途半端になった時が辞める時かもしれないですね」
世界的にタレント揃いのライト級は今、最も熱い階級とされている。1週間前には中谷正義(帝拳)が、ラスベガスで元世界3団体統一王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に敗れた。中谷とスパーリング経験のある伊藤は「華やかな世界の真ん中の試合で、しかも相手はロマチェンコ。僕も米国で試合をしていた分、やっぱり悔しいし、羨ましさもある」と、さらに熱くさせられた。
「世界はもっと先かもしれないけど、やる以上は今もそこが大事です。世界を獲るためにはどこかで強い選手とやって一発逆転が必要。そういう試合をしてもらえるように今の自分の立場を理解して、一つずつ勝っていくしかない。でも、それ以上に自分が納得することの方が大きい。納得いくキャリアを積みたいです」
この日は妻と2人の娘、1歳7か月の長男も駆け付けた。「最近、長男は僕の動画を見るとこうするんですよ」と嬉しそうにシャドーを打つ。7歳と5歳の娘はパパの仕事を理解し始めた。もう中途半端な背中は見せられない。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)