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列島を感動させたスコットランド戦から1年 日本に“ラグビー文化”は根付いたのか

ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、日本代表がスコットランドに勝って史上初のベスト8入りを確定したのが昨年の10月13日。あの歴史的な楕円球の祭典から1年が過ぎた。W杯で過去にない国内での盛り上がりを目にした一方で、大会閉幕を待つようにパンデミックを巻き起こした新型コロナウィルスによる沈黙により、日本のラグビー界はわずか1年で天国と地獄を味わうことになった。

昨年の10月13日、日本はスコットランドを下し史上初のベスト8入りを果たした【写真:石倉愛子】
昨年の10月13日、日本はスコットランドを下し史上初のベスト8入りを果たした【写真:石倉愛子】

ラグビー取材歴25年の吉田宏記者が考察、日本ラグビーはどこへ進むのか

 ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会で、日本代表がスコットランドに勝って史上初のベスト8入りを確定したのが昨年の10月13日。あの歴史的な楕円球の祭典から1年が過ぎた。W杯で過去にない国内での盛り上がりを目にした一方で、大会閉幕を待つようにパンデミックを巻き起こした新型コロナウィルスによる沈黙により、日本のラグビー界はわずか1年で天国と地獄を味わうことになった。

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 ようやく10月から大学ラグビー公式戦が始まるなど“日常”を取り戻そうとする中で、日本代表は今年の活動が全て中止となることも発表された。4強入りを目標に掲げる3年後の次回W杯へ向けた日本代表、そして新リーグ構想などポストW杯の新たな時代を迎えようとする日本ラグビーは、沈黙と再起の狭間で何を求め、どこへ進もうとしているのかを考える。

 ◇ ◇ ◇

 横浜・日産スタジアムの熱気、東京・味の素スタジアムでの歓喜、そして釜石・鵜住居復興スタジアムの奇跡――。ラグビーに魅せられた人たちにとっては、昨日ような出来事だろうか、それともすでに忘却の記憶なのか。

 1年前の今頃は、日本代表の驚くべき躍進と、連日繰り広げられた熱戦に日本中が沸き返っていたが、あの心躍るような喧噪はいま日本列島のどこにもない。10月4日に、ようやく大学公式戦が始まった。トップレベルの公式戦が開幕したことは朗報だが、関東大学対抗戦、リーグ戦両グループはおよそ52%が無観客試合。選手や関係者、ファンにとっても、かろうじて第1歩を踏みしめることが出来たという状態だ。

 昨秋の祭典が日本ラグビーにもたらした遺産は、想像を遥かに越えるものだった。今まで多くの日本人が目にすることがなかった世界最高の技とパワー、緻密な戦術の上に、誇りをかけた激突がピッチの上で繰り広げられ、スタジアムはうねるような歓声と笑顔に包まれた。最前線のラグビーと最高峰の巨大スポーツイベントに、誰もが目も心も奪われた。

 世界のラグビーを統括するワールドラグビー(WR)ですら想像できなかった成功を収めたW杯日本大会。しかし、南アフリカの優勝を待つかのように沸き起こった新型コロナウィルスの感染拡大が、世界を一気に塗り替えた。3月以降、世界の国際大会は軒並み中止が決まり、日本でもトップリーグ(TL)が2月23日の第6節を最後に中断された。当時は、参戦選手の薬物問題が理由だったが、そのまま再開されることはなく翌月23日に中止が発表された。

 国内ではプロ野球、サッカーJリーグが6月に公式戦開催に踏み切った。海外では、スーパーラグビーがニュージーランド、オーストラリアなど国内限定で開催されるなど、段階的にラグビーが再開された。10月11日からは南半球で代表戦が始まり、ヨーロッパでも同月24日から6か国対抗ラグビー「シックス・ネーションズ」が再開、11月には8か国が参加する「オータムン・ネイションズ・カップ」が開催されるが、当初は参入メンバーだった日本代表は参戦を辞退。今年予定されていたすべてのテストマッチ、活動が見送られた。

 すべては「安全」「感染対策」という言葉で片付けられてしまう状況ではある。自発的なものもあれば、出入国制限などの外部要因もある。日本代表なら、対戦する海外チームの来日にも制約があれば、海外遠征でも、万が一他国で試合を行うことができても帰国後の感染予防対策でチーム合流が大幅に遅れれば、来年1月に開幕するトップリーグでのプレーにも影響がでる。

 その一方で、スポーツに関していえば、公式戦がないことほど訴求力を欠くことはないのは周知の事実だ。プロアマという範疇を問わず、現代のスポーツ界では、試合以外にも様々な取り組みを行い、その競技の魅力や個性を発信している。ネットやイベントなどの発信材料を駆使して競技の魅力を伝え、競技を超えて注目される選手がいれば、その選手を通じて情報発信をする。1つ1つの取り組みの積み重ねが、多くのファンを試合に呼ぶ手助けになっている。だが、そのようなコンテンツをどれだけ積み上げても、試合がファンや観戦者に提示する感動やダイナミズムに敵うものはない。

 昨年のW杯の驚くべき成功を収めたラグビーならばなおさら、ファンに提供するべき最善のコンテンツは日本代表であり、テストマッチであることは明らかだ。このコロナ禍の中で代表戦がゼロになったという事実は受け入れざるを得ないとしても、では、試合が無くなった状況の中でラグビー界は何ができるのか、何をファンに提示できるのかを考える必要がある。

 当然日本ラグビー協会でも、様々な発信を行い、新たなプランを練り続けている。9月14日のウェブ会見で、岩渕健輔専務理事は、こう語っている。

「試合以外の方法で、ファンの方々、応援してだいている方々に、繋がるようなことができるのかを(中略)、なんとか少しでもそういう形を、この秋も含めてやる方法を考えていきたいと調整を続けています」

 W杯メンバーを交えたイベントなども検討される一方で、開催する絶好のタイミングを逃しているのも事実だ。ワールドカップ日本大会でロシアを倒して歴史的な快進撃の幕を開けたのが昨年の9月20日だった。決勝トーナメント進出が夢物語から現実的なターゲットに転じたアイルランド戦金星は同28日、スコットランドをしのいで歴史的な8強入りを決めたのが10月13日だ。これほど多くの説得力のある“記念日”が続いていたにも関わらず、今のところ日本協会と日本代表は沈黙したままだ。

 もちろんSNSやウェブを通じた様々な催しが、W杯から1年というテーマのもとに行われてきているが、大切なのは1年前に日本人が得たラグビーへの共感を、どうやって蘇らせることができるのかだろう。そのような強いインパクトのあるメッセ―ジは、残念ながら今のところ発信されていない。

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吉田 宏

サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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