「ほんとに苦しくて…」 清水の舞台から飛ぶ覚悟で涙、陸上・田中佑美が0秒03差で逃した日本一
ウォーミングアップで異変「思考を放棄するのが難しかった」
大会前はワールドランキングで五輪圏内につけていた。「ポイントを稼いだ時点でちょっと手に入れたつもりでいた」と振り返った。外野のざわめきをシャットアウトし、自分の走りに集中するのは得意な方。レース前も「自分は何時から緊張する」と感情の動きまで予定にセットした。
「それ以外は思考を放棄する。今までもそうやって緊張をそらしてきた。でも、今回はそれが難しかったです。ウォーミングアップをしている時、アップのはずなのに試合前みたいな感覚。去年、真子さんが『石のようだった』と仰っていたのが頭をよぎって、『こんな気持ちだったんかな』と。それがわかったからこそ、視線を違うところに持っていったのですが……」
気を紛らわせるため、空を見上げた。「雨、降ってるなぁ」。一瞬で決まる勝負に向けて全てを尽くす作業。重圧を抱えても、そんな過程が心地よくもある。「アプローチしていて『アプローチ、楽しい!』って競技場で言っているので、陸上は好きです」。周囲のサポートへの感謝も忘れない。
「この試合に向けて、いろんなところでいろんな人に声をかけてもらった。その人と顔を合わせたら何を言ってもらったかわかるくらい。競技で繋がることができたご縁も、私が本当に追い込まれていないとないこと。人生の中では短い期間ではありますが、アスリートとして凄い幸せだなと思います」
関大一高時代にインターハイを連覇すると、立命大では関西インカレ4連覇、日本インカレも優勝。2021年に名門・富士通に入社した。昨季は4月の織田記念国際で日本人4人目(当時)の12秒台となる12秒97で優勝。立て続けに自己ベストを塗り替え、6月の日本選手権は3位と飛躍した。
ワールドランキングで出場したブダペスト世界陸上で世界デビュー(予選落ち)。オフにはファッション誌「BAILA」でモデルに挑戦した。まだワールドランキングでパリ切符が手に入る可能性はある。
「悔しい気持ちも、辛い経験も乗り越えてこそいい物語になる。目を背けるのではなく、それにしがみつくのでもなく、自分の糧となっていけばいいなと思います。これからも競技人生は続くので、もっともっと速くなるためにトレーニングを積みたい」
取材の最後、視線はすでに次に向いていた。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)