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バスケ千葉と「船橋アリーナ」の13年 地元出身・原修太が明かした本音「ジェッツが離れたら…」

バスケットボールB1リーグの千葉ジェッツは、チーム創設以来13シーズンにわたって本拠地として使用した船橋アリーナでのラストゲームを13・14日に戦い、同地区の群馬クレインサンダーズに96-65、88-75と連勝した。14日の試合後の記者会見では、地元・船橋市出身のプレーヤーとして少年時代から船橋アリーナのコートに立ち続けた、日本代表の原修太が思い出を語る一幕があった。

数々の激闘が繰り広げられた船橋アリーナ。14日の試合後、千葉ジェッツの選手がファンと一緒に記念撮影【写真:B.LEAGUE】
数々の激闘が繰り広げられた船橋アリーナ。14日の試合後、千葉ジェッツの選手がファンと一緒に記念撮影【写真:B.LEAGUE】

チーム創設以来13シーズン使用した本拠地、最後のホームゲームで2連勝

 バスケットボールB1リーグの千葉ジェッツは、チーム創設以来13シーズンにわたって本拠地として使用した船橋アリーナでのラストゲームを13・14日に戦い、同地区の群馬クレインサンダーズに96-65、88-75と連勝した。14日の試合後の記者会見では、地元・船橋市出身のプレーヤーとして少年時代から船橋アリーナのコートに立ち続けた、日本代表の原修太が思い出を語る一幕があった。


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 原は1993年12月生まれ。船橋アリーナの開館が1994年1月のため、自身にとっては“同学年”とも言える場所。近隣で生まれ育ち、市立習志野高校の在学当時には「県大会で何度も負けた場所」と話すほど、なじみ深い場所だった。今でこそ、最寄り駅である北習志野駅や船橋日大前駅はジェッツを前面に押し出した装飾が施されているが、地元をよく知るがゆえか、「キタナラ(北習志野)の駅前なんて、今ほど栄えていなかった」と街としての進化についても話す。

「僕が入ってきた頃(NBL・2015-16シーズン)には、すでにジェッツによって盛り上がっていたとは思うんですけど、当時の選手だったり、今はいないスタッフや地元の商店街の人たちのおかげで当たり前のことになって……スポーツの力の凄さを感じています」

 2016年のBリーグ開幕後も、常に満員に近い盛り上がりを見せた船橋アリーナを舞台に成長を続けた千葉Jは、天皇杯5回、Bリーグ王者1回、今季は東アジアスーパーリーグも制するなど、名実ともに日本のトップクラブに位置するようになった。

 一方の原も2015年の入団以来、ジェッツ一筋のキャリアを送り中心選手として定着。昨季は初のベストファイブ、ベストディフェンダー賞を受賞。昨夏のFIBAワールドカップでは日本代表として戦うなど、リーグを代表するプレーヤーに数えられるところまできた。

 この日の試合で10得点の活躍を見せた原は、「今までお世話になったアリーナで勝って終わることが大事だと思っていたので、ホッとしている」と試合を振り返った。そしてこのアリーナでの記憶に残るゲームについて尋ねられると、2018年に川崎ブレイブサンダースと戦ったチャンピオンシップ(CS)のクォーターファイナルを挙げる。

「当時はほとんど試合に出ていなかったんですけど、CSの3戦目が、まだ2戦目と同じ日にあった(当時は2戦を終えて1勝1敗の場合、2戦目の直後に5分ハーフでの「第3戦」が行われた)という、今思えば凄いことで……。その時に、赤いブースターが全員で声を出して、勝ったというのがすごく印象的です。コロナの時代を挟んでも、大声援が当たり前になっていることは凄いなと思いますし、ファンが中心となって声かけをしてチームが一体になるような光景は、数年前はなかったことでもあるので、声援には本当に感謝しています」

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