貴景勝を生んだ埼玉栄相撲部 肥満にさせずに強くする、監督夫妻の“人情の食事学”
30年前から寮生活、家族的な雰囲気を作り上げる監督夫妻の人情
慣れない環境と食事に、入学当初は食べても食べてもやせる生徒も多い。だが、夏を迎える頃には、また体重が戻っていく。
「一時、20キロ以上やせる子はざらなので、どれだけ厳しい練習をさせられているのかとびっくりされますが(笑)、そういうことではない。今まで蓄えてきた脂肪がいったん落ちる。そして食事と筋力トレーニングで筋肉量が増えていく。体が完全に作り直されるんです」(山田監督)
監督夫妻は、寮生活を始めた約30年前から、一貫して食事は手作りにこだわる。2人が休むのは、生徒たちが帰省する年末の3日間のみだ。それも強化の一環という想いからかと聞くと、「ただおいしいものを食べさせてあげたいだけですよ」と答える。
「もちろん、彼らには親がいるし、喜ばせてあげたいおじいちゃんおばあちゃんがいる。だから勝たせてあげたいとは思っています。でも、せいぜい考えるのは『今日のから揚げはうまくできたかなあ?』ということぐらい。おいしいものを食べることで、リラックスできたり、競技に集中できたりすれば、結果的に強くなることもあるけれど、毎日おいしいご飯を食べて、優勝できて、よかったな、で終わりです。
ただ生徒たちには、これが当たり前と思ったらいけないよと伝えています。だから彼らは、決して食べ物を粗末にはしません。一生懸命作ってくれる人と、練習で疲れたけれど、おいしいご飯が食べられてうれしいな、と思う人がいる。それで、お互いがうれしいじゃないですか。ありがたいなと思って取り組むと強くなります。人間ってそういうものでしょう」(山田監督)
だから、家族的な雰囲気も大事にする。チーム一丸となれば、力になる。
「ここでは中学生も高校生も同じテーブルで食事を摂り、下級生の面倒はみんなでみる。赤の他人だけど、兄弟みたいな関係があります。それから、強い子が弱い子をバカにするようなことはさせません。高校生で強いといっても、横綱には勝てないし、大したことではない。人はいくら強くなっても、弱くなるのは一瞬です。他人をバカにするような選手はそこで終わる」
前出の橋本氏は、埼玉栄相撲部で身についた食習慣は、生徒にとって財産だと話す。
「彼らはちゃんこ番を通し、食べることや食材に興味を示し、稽古・筋力トレーニング・食事がもたらす変化を肌で実感・理解することができる。結果、考えて食べる習慣が身につき、力士として長く活躍できる体作りに役立ちます。もちろん、力士として強くなるためだけでなく、別の道に進む生徒にとっても、長きにわたり疾病の予防につながる」
卒業生にとっても、山田夫妻がいる寮は“ホーム”だ。「卒業生は今でも女房の作った炊き込みご飯を目当てにやってくる。酒を飲みたいというやつはいない。みんなご飯を食べにやってくる」(山田監督)
取材の前日にも、OBの関取衆が集まっていたという。「昨日は30人分の飯を作ったかな。嬉しいけどね、毎週来られたりしたら、疲れちゃうよね」。山田監督の顔がほころんだ。
(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)