25歳で「引退」を決意した日 杉山愛は1日23個のルーティーンで現役を9年延ばした
ルーティーンに救われた現役生活「本物のプロとしての第一歩を踏み出せた」
その後、芙沙子さんがコーチとなり、新しい女性のフィジカルトレーナーと共に肉体改造にも着手。パフォーマンスの質が引き上げられたという。
「母が、あるアメリカ人選手のポスチュアがきれいになったと気づき、『トレーニングを変えたの?』と選手本人に直撃。その選手に紹介されたのが、女性のフィジカルトレーナーでした。彼女は体の異なる男女では当然、トレーニング方法も異なるという考え方の持ち主。共にトレーニングを行ううち、理にかなった動きを追求するようになりました」
ほどなくして杉山さんは息を吹き返し、調子を上げていく。2004年のウィンブルドン、シングルスではベスト8、ダブルスでは決勝に進出。ついに世界ランキングで自己最高の8位に上昇した。そして2009年、引退。最初に引退を考えた日から、9年もの月日がたち、杉山さんの4大大会連続出場は、62回を数えた。
「25歳のスランプがきっかけで、感覚重視だった私が自分の体と心に緻密に向き合うようになりました。日々のルーティングで体と心を準備し、練習や試合に臨む。その心構えを持ったときに初めて、本物のプロとしての第一歩を踏み出せたと思います」
◇杉山 愛(すぎやま・あい)
1975年7月5日、神奈川県出身。4歳でテニスを始める。15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位を獲得し、17歳でプロに転向。シングルス492勝(優勝6度)、ダブルス566勝(優勝38度)、4大大会のダブルス優勝4回。ダブルスでは世界ランク1位に輝き、日本を代表するプロテニスプレーヤーとして一時代を築いた。2009年、34歳で現役を引退。その後、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科にて修士課程を修了。現在、スポーツコメンテーター、後進の育成事業を手掛けるなど、多方面で活躍する。
(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)