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「体が小さいのは大きなメリット」 イタリアの名手が磨いた敏捷性「日本の選手も…」

「体が小さいのは大きなメリットだったんだ。大きなディフェンダーは動きが遅いので、僕のように素早く動ければ有利になる」――ジャンフランコ・ゾラ(元イタリア代表)

ジャンフランコ・ゾラ【写真:Getty Images】
ジャンフランコ・ゾラ【写真:Getty Images】

R・バッジョと比較され続けた“ファンタジスタ”、ゾラが磨いた局面での敏捷性

「体が小さいのは大きなメリットだったんだ。大きなディフェンダーは動きが遅いので、僕のように素早く動ければ有利になる」――ジャンフランコ・ゾラ(元イタリア代表)

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 1980年代後半から90年代にかけては、セリエAの黄金時代だった。80年代に入ると助っ人選手の輸入が解禁となり、95年末にボスマン判決が下るまでは厳然とした外国人枠が存在したので、ジーコ、ファルカン(ブラジル)、ミシェル・プラティニ(フランス)、ディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)など、イタリアには各国から選りすぐりのスター選手たちが集結した。

 一方、イタリアも90年にワールドカップを開催し強化が進んだこともあり、優れたファンタジスタが次々に誕生した。特に時代を代表したのが、ロベルト・バッジョとジャンフランコ・ゾラである。身体的な資質やプレースタイルも似た2人は、常に比較されてきた。

 ゾラのインタビューをしたのは95年だったが、ちょうどその頃、専門誌の「グエリン・スポルティーボ」が両者の比較を点数化しており、どちらも「78点」で互角の評価を載せていた。94-95シーズンは、バッジョのいたユベントスが二冠を達成しているが、ゾラを擁したパルマとのライバル対決は熾烈を極め、両者は5度も対戦した。その後、ゾラはチェルシーに移籍し「クラブ史上最高の選手」と絶賛されるが、もし同時代にバッジョがいなければ、その名はもっと世界に轟いていたに違いない。

 そんなゾラにバッジョとの比較を聞くと、「そんなことを聞くものじゃないよ。どちらも良い選手ということでいいじゃないか」と窘められたのを覚えている。

 ゾラは身長168センチと小柄だったが、世界的にも定評のあるイタリアのディフェンダーを鮮やかなドリブルで手玉に取り、得意のFKでもゴールを重ねた。

「体が小さいのは大きなメリットなんだ。身長の高いディフェンダーは動きが遅いので、僕のように素早く動けると有利になる。だから体の小さな日本の選手たちも、大きなディフェンダーを前にしたら喜ばなくちゃダメだよ」

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加部 究

1958年生まれ。大学卒業後、スポーツ新聞社に勤めるが86年メキシコW杯を観戦するために3年で退社。その後フリーランスのスポーツライターに転身し、W杯は7回現地取材した。育成年代にも造詣が深く、多くの指導者と親交が深い。指導者、選手ら約150人にロングインタビューを実施。長男は元Jリーガーの加部未蘭。最近、選手主体のボトムアップ方式で部活に取り組む堀越高校サッカー部のノンフィクション『毎日の部活が高校生活一番の宝物』(竹書房)を上梓。『日本サッカー戦記~青銅の時代から新世紀へ』『サッカー通訳戦記』『それでも「美談」になる高校サッカーの非常識』(いずれもカンゼン)、『大和魂のモダンサッカー』『サッカー移民』(ともに双葉社)、『祝祭』(小学館文庫)など著書多数。

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