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井上尚弥が小さく握った右拳、泣いた代役挑戦者 敬意で繋がった2人が互いに背負ったもの

拳をぶつけあった井上とキム【写真:中戸川知世】
拳をぶつけあった井上とキム【写真:中戸川知世】

最後まで勝利を目指したキムの涙「僕は…」

 キムは両親がおらず、19歳まで児童養護施設で生活。体が小さいことでいじめを受けた。パッキャオやメイウェザーに憧れ、20歳でプロボクシングの道へ。アマチュアで基礎を積んでいない選手は時間がかかる。長らく低迷する韓国ボクシング界では、暮らしが裕福とは言えない。それでも、地域タイトル獲得など地道に世界ランクを上げた。

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 32歳で転がり込んだ最強モンスターへの挑戦機会。試合2日前の会見で王者に直接呼びかけた。「楽に終わらせるつもりはない。イノウエも十分準備して、初回からベストの姿を見せてもらえれば」。武器はカウンター、前に出てきたところで仕留める算段。破格の報酬があればいい、そんな弱腰ではなかった。

「僕は勝つためにここに来た」

 砕け散る最後の瞬間まで、本気でベルトを奪いに行った。序盤から返し続けた拳は、超速で動くモンスターをかすめた。4回に左フックを被弾。執念で体を起こし、右拳を下からクイッと動かす。「来い」。勝つにはカウンターしかない。揺さぶりをかけ、狙った。

 これまで防御一辺倒で「塩試合」を演じた挑戦者がいた。井上を恐れ、ガードを固めざるを得ない選手も。彼らと比べれば、確かに実力で劣っていたかもしれない。体ごとふっ飛ばされたワンツーでKO負け。コーナーに頭からもたれかかり、涙する姿がこのチャンスに人生を懸けたことを示していた。

 井上は常々言う。「相手あってこそ盛り上がるのがボクシング」。片方が冷めていれば熱戦は生まれない。「急遽代役で対戦を受けてくれたキム選手、ありがとうございました」。俯きながら花道を歩く敗者へ。リング上のインタビューを中断して拍手を送り、客席の日本人ファンも続いた。

 一夜明け、興行台無しの危機を救われた井上陣営の大橋秀行会長は言った。

「彼のおかげで助かった。井上に初回からプレッシャーをかけられて、(カウンターを狙い続けるのは)凄いですよね。堂々と立ち向かってくれて、強気な姿勢で試合をしてくれて感謝しています」

 そんな会見を終えると、キムが大橋ジムに現れた。「挨拶したいから来た」。左目の下には紫色のあざ。「目が痛い。強いよ。左ボディーも痛い」。笑いながら勝者に握手を求めた。

 敬意で繋がった最強王者と代役挑戦者。井上は目に見えないものを言葉にした。

「ボクシングってそういうもの」

(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)

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