陸上を楽しむなんてとんでもない 田中希実が憧れる作家・佐藤さとるの「最高の遊び」【田中希実の考えごと】
心に変化をもたらした佐藤さとるのメモ書き
しかし、ある時出会った佐藤さとるさんのメモ書きが、この苦しみを晴らしてくれた気がした。少々長いが、以下原文ママである。
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「自分が生きてきた道をふりかえってみると、心の底から願っていたことだけは、わずかにかなえられているようだ。もちろん願ってかなえられなかった事のほうが山ほどある。しかし、よく考えると、それらは心底願っていたことがかなうための必要なギセイ、不可欠の条件であったらしい。だから、望みの実現には、先ずなにを最優先とするかを見きわめること(こいつは現実にはむずかしく、多分潜在意識にゆだねる問題かもしれない)、そして、とにもかくにも、強烈に望むことである。強く願えば、きっと実現する。そしてこういう心の働きのことを、多分『祈り』というのだろうと思う」
福士加代子さんは、「願えば叶う」という言葉を座右の銘に据えておられるが、それと通じるものを感じた。
願って叶わないこともあるし、それは夢を叶えた人だけが使える言葉ではないかと、つい最近まで、みそっかすの私は不貞腐れていた。
しかし、願いというのは具体的に立てた夢や目標のことではなく、その人自身も気づかないような無意識の願望そのものなのだ。私たちは心の中で常に、何ものかにかつえている。渇きを癒す何ものかを求めている。その正体を突き止めた時には、もう願いが叶っている。過程も結果も、全て後からついてくる。
最近流行りの「蛙化現象」の元となったお話で、姫が蛙に嫌悪感を抱くのは、普通にそいつの見た目が気持ち悪くて、かつ無礼だからだ。蛙が人の言葉を話していることに、姫はまるで頓着しない。
アイルランドでは、妖精のために毎夜ミルクを出しておく習慣があると聞くが、日本人にそれをバカにする資格はない。狐を崇拝して油揚げを供える行為は、外国人からしたらクレイジーだろう。
現実的か非現実的かは、文化的背景によってこうも違う。物語で言えば、設定によってこうも違う。
こういったあらゆる秩序の壁を乗り越えて、あらゆる人に真実として受け入れられるファンタジーだって存在するのだから、私たちが無意識のうちに繰り返している突飛な空想が、願望が、ふとした弾みで実現することだって、あるかもしれないではないか。
ファンタジーの内から私に訴えかけてくるものの正体は、作者の焦がれるような祈りや願いなのかもしれない。
佐藤さとるさんは、時々「ねがう」を「希う」とも書いてくださる。私の名前は希望が実ると書くため嬉しい。
私の走った軌跡が、いつか上質なファンタジーになることを希う。そして、いつかゴールする時には、ああ楽しかったと言えることを希う。
■田中 希実 / Nozomi Tanaka
1999年9月4日、兵庫・小野市生まれ。ランニングイベントの企画・運営をする父、市民ランナーの母に影響を受け、幼い頃から走ることが身近にある環境で育った。中学から本格的に陸上を始め、兵庫・西脇工高に進学。同志社大を経て、豊田自動織機へ。2023年4月からNew Balance所属となり、プロ転向した。東京五輪は1500メートルで日本人初の8位入賞するなど、複数種目で日本記録を保持する。趣味は読書。好きな本のジャンルは児童文学。とりわけ現実世界に不思議が入り混じった「エブリデイ・マジック」が大好物。公式インスタグラムは「@nozomi_tanaka_official」
(田中希実 / Nozomi Tanaka)