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怪我に泣いた“浦和ユース最高傑作” 37歳の元Jリーガー中村祐也が関東2部で歩み始めた監督人生

現役時代の中村祐也(左端)。アヴェントゥーラ川口での2年間で選手としてやり切ったと振り返る【写真:河野正】
現役時代の中村祐也(左端)。アヴェントゥーラ川口での2年間で選手としてやり切ったと振り返る【写真:河野正】

引退も考えた時、練習参加した土のグラウンドで見た光景

 モンテディオ山形との開幕戦でJ1デビューした2010年は、チーム2位の30試合に出場し同3位の3得点。古巣の浦和戦にもフル出場した。

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 ところが11、12年と足首の怪我を重ね、合流しては肉離れを繰り返し13年は右アキレス腱を断裂。14年も本調子でなく、この4年間でリーグ戦出場は23試合しかない。

 15年はFC町田ゼルビアに職場を変え、4シーズン在籍。19年は関東リーグ1部の栃木シティフットボールクラブに移籍したが、開幕前の大怪我でベンチ入りもできず1年でチームを去った。

 引退も考えたが、「最後はサッカーをとことん楽しんで終わりたい」との思いから、キャリアの中で最も低いカテゴリーの埼玉県社会人リーグ1部に所属することになる。アヴェントゥーラ川口にいた竹馬の友が、練習参加を提案してくれたのだ。

「雰囲気の良さが第一印象で、みんなサッカーが本当に好きなんだと思った。夜7時半からの練習に一生懸命取り組む姿を見たら、一緒にやりたくなったんです。土のグラウンドで練習するのは高校2年以来でしたが、環境面など関係なかった」

 加入した20年は県リーグ2位で関東社会人大会の出場権を獲得すると、準優勝して関東リーグ2部昇格を果たした。コーチ兼任となった2年目は、埼玉県代表として天皇杯に初出場する躍進ぶり。昨季も現役を続けるつもりで始動日を迎えたのだが、怪我に対する不安やイメージ通りのプレーができなくなっていると痛感し、2月に引退を決断。「天皇杯出場や関東2部昇格などチームの可能性を感じ、サッカーを心底楽しめた2年間だった」と述べ、やりきった思いを口にした。

 引退後もクラブに残り、主に小学6年生を教えていた昨年11月にトップチームの監督を打診された。

「思い入れのあるチームを上のカテゴリーに上げたいという覚悟で引き受けた」と話すと、「自分の適性が指導者と決めつけるのはまだ早いので、どんな形でサッカーに携われるのか模索していきたい。ただし今は来季の1部昇格を目指し、本気だし真剣です」と言葉に力を込めた。

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