広島中心部に現れる“サッカー専用”新スタジアム 構想20年、「常時満員」へ米国流から得たヒント
ヨーロッパでなくMLSのスタジアムを参考にした理由
建設地が決まってから、信江は精力的に海外視察をこなすようになる。イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、そしてオランダ──。
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「やっぱりヨーロッパっていうのは、サッカーの大きな源流であるのは間違いないです」と信江。しかし当人の中には、ただ欧州のスタジアムを模倣することへの違和感もあったという。
「というのも、私どものファーストプライオリティは『満員のスタジアムを作る』でした。ヨーロッパでのサッカーって、観るスポーツの王様であり、最もプライオリティが高い。そんなヨーロッパのやり方をそのまま取り入れて、広島のスタジアムが満員になるかといえば、それは違うんじゃないかと思ったんです」
信江がもうひとつ気になっていたのが、プレミアリーグでもブンデスリーガでも、男性客が圧倒的に多く、逆に女性客や家族連れが少なかったことだ。そんな時に、ある記事が目にとまる。それはアメリカの国内リーグ、MLS(メジャーリーグサッカー)の平均入場者数が2万人を超えたというもの(ちなみにJ1の2万人超えが、初めて達成されたのは2019年である)。
「その報道を見て『え、どういうこと?』って思ったんです。というのも、アメリカには4大メジャースポーツがあって、サッカーは難しいという先入観があったからです。それで2019年の夏、MLSのスタジアムをあちこち視察しました。最も参考になったのが、ミネアポリスにあったアリアンツ・フィールド。ヨーロッパと違って、家族連れや女性客が多かったんですよ。しかも、座席で試合を観ていない人もけっこういたんですね(笑)。お客様がピッチを囲むように作られたコンコースの様々な場所で、試合を思い思いに楽しむ姿が印象的でした」
MLSの場合、真剣にゲームに没入するファンの割合は、ヨーロッパほど多くはない。ビールやハンバーガーを求めて、試合中でも売店に行列を作る。ただしアリアンツ・フィールドの場合、売店がスタンドを一周するコンコースに設置されており、行列に並んでいてもピッチの状況を確認することができる。「これだ!」と信江は閃いた。
「つまり、ベースボールの球場と同じなんですよ。このスタイルだったら、サッカーにそれほど関心がない人たちでも『楽しかったね』『また行きたいね』と思ってくれて、リピーターになってくれる。その積み重ねで『満員のスタジアムを作る』という目標が、達成できると考えたんです」
ちなみに新スタジアムは2万8520人収容。日本代表の試合を開催するならば、もう少しキャパがほしいところだろう。実は収容人数についても、信江は野球を参考にしたという。
「もちろん日本代表の試合も開催したいです。けれども、さらに重視したいのが『常時満員』。そこで参考にしたのが、広島カープさんのスタジアムです。我々よりも集客が多いカープさんは、コロナ以前だと常時満員、3万2000人くらい入っていたんですよ。だったら、我々が目指すべき数字は、3万人が適正と考えました」
かくしてサンフレッチェの新スタジアムは、ヨーロッパのスタジアムだけでなく、MLSをも参考にした仕様のものとなる。カープのMAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島も、本場のボールパーク仕様。同じエリア内で、野球とサッカーの施設が、いずれもアメリカンスタイルで稼働するのは興味深い。
信江への取材を終えて、あらためて思ったことを最後に記しておきたい。もしも彼が「ヨーロッパ至上主義」だったら、新スタジアムは違った仕上がりになっていただろう。しかし信江は、愚直に「街なかのスタジアム」と「満員のスタジアムを作る」ことを追求していた。
MLSに着目した彼の慧眼は、もっと評価されてよいのではないか。(文中敬称略)
(宇都宮 徹壱 / Tetsuichi Utsunomiya)