「走れる作家」になりたかった私が文章を書き残す理由「だから、生きていた痕跡を」【田中希実の考えごと】
なぜ、書くのか「生きていた痕跡を残すことにこだわっていた」
夢は叶わない……。
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その時は、主人公にマラソンを強要する社長が、なぜかジョギングのことを「ジョッギング」と言うことに内心笑ったり(『純白のライン』)、主人公が本場のフランスパンにバターを載せて食べるのが本当に美味しそうだったり(『金色の風』)、他愛無いことの方に惹かれていたが、どの話の主人公も、夢を諦めた過去を持っていた。
それで私の心には、あまり高いところは目指すもんじゃないと、その時無意識に刻み込まれたのだろう。主人公が直面した、壁どころか、ぽっかりと口を開けた底の見えない穴。その穴を本当に不気味だと思った。
ただ、だからこそ、生きていた痕跡を残すことにはこだわっていた気がする。このまま忘れ去られるのは嫌だ、昔から続けている日記をこれからも書き続ければ、アンネ・フランクのように後世に残るかもしれない。何者にもなれなくても、考えごとは書き残したいと思っていたら、いつのまにか筆まめになっていた。
今、私は必死に走っている。小学生の頃思っていたスタイルとは違うが、思ってもない方向で、生き残れている。そして、文章もこうして残せている。
自分なりに、小学生の時からマイペースに走り続けてきたので、その延長線上で日本記録を出しはじめた時に、「ニューヒロイン」とか「新星」とか言われたことには違和感を覚えた。逆に今となっては、勝つことが当たり前のように思われることもある。しかし、誰しも輝く瞬間のあるなしに関わらず、ずっと「いる」し、それは当たり前のことじゃない。
ヒーローなんていないとも言えるし、誰しもヒーローだとも言える。
周りに見えている自分とは違う自分の方が実は多いし、自分でも、自分の考えに掴みどころがなかったりする。不変的な偶像なんてありはしない。だからこそ、取り止めのない考えや、忘れかけていた記憶をこれからの連載で書きとめておきたいし、世の中の隠されたヒーローやヒロインたちに読んで頂き、心の交流ができれば嬉しいと思う。
(田中希実 / Nozomi Tanaka)