高橋大輔のような選手は「育てられない」 中2から指導、恩師が語る親子すら超えた絆
三宅星南が倉敷で見た高橋大輔のエキシビション
――高橋選手のような選手は再び出てくるのでしょうか? どうすれば、彼のように大成できるのでしょう?
【注目】育成とその先の未来へ 野球少年・少女、保護者や指導者が知りたい現場の今を発信、野球育成解決サイト「First Pitch」はこちら
「なかなか、育てられるものではないですね。大輔の場合、自分が“どういうスケーターになりたいか”っていうのが、中2の頃からありました。スケーティングへのこだわりというか、例えば体が硬いのに柔らかく見せられるように、自分が理想とするスケートをイメージし、それに近づいていった気がします」
――長光先生は高橋選手が一度目の引退をした後、昨年の全日本で6位に入った三宅星南選手のコーチをしていらっしゃいます。三宅選手は岡山出身で高橋選手への憧れも強いようですね。
「星南は岡山で練習していました。大輔に対する憧れが強く、(島田)高志郎くんと2人、切磋琢磨して上手になったようですが。ある時期に伸び悩んでしまって、中学3年生の時に『見て欲しい』と頼まれたのです。最初は『とてもできない』と伝えました。長沢(琴枝)先生が一生懸命に教えているのを知っていましたし、大輔が一度目にリタイアした後で“もう一回やれるかな”と迷いもありましたし」
――引き受けた理由は?
「親御さんと本人の熱意ですかね。ただ、星南には『環境を一度変えて、良かったらいいけど悪かったら戻りなさい』と最初に伝えました。成長期の2年くらいは背が伸びすぎて不安定になって、体幹がついてこなかったようですが、もともとスケートは良く滑るなっていう良い印象も持っていて。ジャンプも(4回転)サルコウなど入ってきたし、これからですね」
――憧れの糸をつないだ、というのはいい話ですね。
「一時、倉敷にあるリンクの経営が厳しくなって、存続を求めて大輔がエキシビションで滑ったことがあって。その時、星南はリンクサイドで見ていたんですが、(壁越しで)届かないほど小さかったので、持ち上げてもらって大輔を見たそうです。ヒップホップの『ブラックスワン』だったんですが、それに感動して“大輔のようになりたい!”と憧れたらしいです」