フィギュア選手の足元を支える職人の極意 火花の向こうにある「0.01mm」の世界と情熱
なぜ、ずっと情熱を注ぐことができるのか「後継者育成に専念すべき。でも…」
10年間、数々の靴、スケーターと本気で向き合ってきた。今では預けられた靴を見ただけで、どんな選手か想像もできる。丁寧な使い方をするのか、傷や汚れが目立つのか。「性格が若干わかりますね。あとはどういう滑りをするか。初心者、中級者、上級者なのかはわかります」。ただし、精進の道は続いている。
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「今でも悩むときはありますよ。今も下積みといえば下積み。結局、終わりはないので。やっぱり人の要望に応えられない時は『う~ん』ってなります。選手ができないのか、靴に原因があるのか、そこを見極めるのが一番難しい。ひたすら会話を繰り返して原因を突き止めていきます」
妥協はしない。アシスタントに教えるようにもなった。「仕方なしに」と突然始まった研磨職人としての人生。なぜ、ずっと情熱を注ぐことができるのか。
「頼られるからかな、やっぱり。必要とされているから。本当なら後継者を育てる方に専念して、いろんな場所に職人がいて利便性を良くした方がいいのだと思います。でも、最近はそういうことじゃないんだなと気づきました。
どちらかというと心のケア。信頼性です。やはり危ないスポーツと言えば危ないスポーツなので、知らない人よりは知っている人にやってもらいたい。それがみんなの気持ちなのかなって思います。自分も現役の時はそうでした。今は自分を頼ってもらえている。やっぱり信頼されるようにやっていきたいです」
胸を張って完成品を提供する。選手が華々しいリンクで輝くには欠かせない存在。だが、櫻井さんには自信はあっても、得意げな様子は一切ない。ここに「職人」と呼ばれる理由があった。
「選手が活躍すればもちろん嬉しいですが、『自分が研いだから』というのは恩着せがましいと思います。これは本当に。選手が活躍できるのは、選手が頑張ったからです。自分は『素晴らしい仕事』をするのではなく、『問題ないものを出せばいい』と思っています。自分が特に素晴らしい仕事をしたからといって、選手がうまくなるわけではないので。
スケート靴は美術品ではなく、毎日安心にスポーツをするための道具。選手が練習に専念できるよう、こっちは仕事をするだけです。選手が問題なくスケートをできているのが素晴らしいこと。プラスをつくるというよりマイナスをつくらない。自分はできる限り一律して同じものを出していく。それがずっと理念にあります」
「行っておいで」と声を掛け、リンクに向かうスケーターの背中を見守っている。無機質なブレード靴には“ささえびと”の温もりがある。
【私がフィギュアスケートを愛する理由】
「達成感を得られるスポーツだと思います。前に進むのもやっとの世界で選手はみんな踊っている。でも、凄く難しいスポーツなんですよ。思い通りにいかない競技の中では上位に来ると思います。オリンピックを見て『ちょっとスケートしてみたいな』と思ってリンクに来られる方もいますが、やっぱりテレビのようには滑れない。
それで逆に皆さんハマってますね。特に大人の方は『なんでできないの?』って言いながら。小さい子も少しずつ上手くなっていく。難しい分、達成感を得られると思います」(ブレード研磨職人・櫻井公貴さん)
※「THE ANSWER」では北京五輪期間中、取材に協力いただいた皆さんに「私がフィギュアスケートを愛する理由」を聞き、発信しています。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)