最速150kmを投げる自分が実験台 元早実エースが歩む「投球戦略家」という第二の人生
目の前のコーチが150キロ近い直球を投げてみせる。うなりをあげながらミットに収まる剛速球。衝撃音が響く。見守る野球少年たちは沸き上がり、目を輝かせた。バリバリの生きた球を投じたのは、名門・早実でエースナンバーを背負った男だった。
元早実エースの26歳・内田聖人が転身、「ピッチング・ストラテジスト」とは
目の前のコーチが150キロ近い直球を投げてみせる。うなりをあげながらミットに収まる剛速球。衝撃音が響く。見守る野球少年たちは沸き上がり、目を輝かせた。バリバリの生きた球を投じたのは、名門・早実でエースナンバーを背負った男だった。
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内田聖人、26歳。濃密な野球人生を突っ走ってきた。球歴を知るファンも多いだろう。静岡・伊東シニア時代に日本代表に選ばれ、早実に進学。2年夏に甲子園のマウンドを踏むと、3年夏は背番号1を任された。「斎藤佑樹2世」とも呼ばれ、西東京大会決勝で後に甲子園を制覇する日大三と対戦。1-2で敗れはしたものの、強力打線を9回2失点に抑え、剛腕を振って戦い抜いてきた。
プロ入りを目指していた早大で日本一を経験。着実に階段を上り、輝かしい実績を積み上げた。しかし、社会人、米挑戦と紆余曲折の末、昨秋のNPBドラフト会議で指名がなく、「最速150キロ」の名刺を持ったまま選手生活に区切りをつけた。11月に野球の専門的な指導を目的とした「NEOLAB(ネオラボ)」という事業を立ち上げ、自ら代表に就任した。
米球界で近年増えつつある肩書き「Pitching Strategist(ピッチング・ストラテジスト)」を生業とし、第二の人生で投球指導をしている。
「やりがいがありますね。本当に大袈裟じゃなく、朝起きてから寝るまで野球のことを考えています。今までは自分の野球のことを考えればいいので、意外と野球以外の時間があったんですけど、今は人のことが中心の生活。朝起きてから寝るまで、野球のことを考えている時間がめちゃくちゃ長いです。ほとんど考えています」
日本語にすれば「投球戦略家」。従来は指導者が分かれていたトレーニング、テクニックの部分を一括して担当し、ピッチングに留まらず、野手のスローイングもトータルでコーディネートしていく指導者だ。
今はSNSを漁れば投球画像や映像が無数に溢れている時代。内田は「そういうところで『あっ!』と気づくことがある」と何気なく目に入ったものでさえも疑い、本当に正しい姿なのか考察する。“ボールを投げること”について日々研究しているのだ。
「現場で自分がどうこう言う立場になると、裏付けがないといけない。情報がありふれているので、今の子たちは『なぜか』という部分をしっかり掘り下げていく必要がある。毎日新しく勉強しないといけないと思わせてくれる。現役で自分のことをバリバリでやっている時よりも、野球のことを考えている時間は長いかもしれない。でも、やっぱり野球が好きなんじゃないかなと思うので苦ではないですね」
言葉、表情から充実感を溢れさせる剛速球右腕。12月以降、プロアマ問わずオファーがあれば駆け付けた。プロの自主トレから、社会人、大学生、下は中学生も。3月までの4か月間で約50人のスローイング指導を請け負った。これとは別に首都圏を中心に高校3校、大学1校からも依頼を受けて契約。今は新型コロナウイルスの影響で制限されるが、野手のスローイングも含めて直接指導していた。
「基本的にスローイングに関しては野手も一緒。うまくアドバイスして、自分が伝えたことが選手間で回ってよくなれば。今風ですが、LINE上でやり取りしています。監督さんからも言われているのは『精神的な部分もフォローしてくれ』『一人の学生としてちゃんと導いて』と。こういう名前(ピッチング・ストラテジスト)でやっているけど、投手、野手関係なく万遍なくやっていますね」
欠かせないのは、最新鋭の投球動作解析システム「ラプソード」とハイスピードカメラだ。球速に加え、回転数、回転軸、回転効率、リリースポイントなども数センチ単位で計測でき、定期的に測ることで調子のバロメーターにもなる。プロ野球でも多くの球団が導入したが、数字の意味を理解し、使いこなすのは簡単ではないという。
「実際に自主トレレベルでラプソード使うのは、日本のプロ野球レベルでもできてはいない。そういう意味ではある程度、選手のニーズとマッチしていたからうまくできているのかなと思います」