なぜ、部活の走り込みは嫌われるのか 「走って根性を鍛えろ」の教えは正しいか
「俺がやってきた練習だから」という考えは本当に正しいのか
よく用いられるのは、全力に近いスピードを維持しなければ切れないタイムを設定し、長い距離を走らせること。タイムを切れなければプラス1本を加える、といった具合だ。秋本氏はこの点についても疑問を呈す。
秋本「そういう練習では1本で全力を出し切って疲れるだけ。でも、指導者は選手が疲れているところを見て満足してしまう。それでは、指導者のモチベーションが保たれているだけで、選手の試合をして勝ちたいモチベーションに全くつながっていかない。そういう指導者の元にあるのは『だって、俺がそうやってきたから』という考え。そこから変えなければいけないと思います」
どの競技も基本は、その競技を経験した指導者だ。「自分がやってきた」という経験は、指導の上で説得力を持たせる一つの理由にはなる。しかし、「自分がやってきた」という経験は、本当に適切だったかを顧みることは少ない。
秋本「だから“俺がやってきたいい練習”しか知らないことが起こり得る。いろんな最先端を学ばないと、同じことを繰り返して、指導にハマる選手、ハマらない選手が出てくる。そこが問題なのかなと思います」
そこに、指導者としての資質が表れる。秋本氏は「本当にいい指導者は、いろんな選手を平均的に強くすること。それができるのは、選手個人に合ったメニューを出しているから」と水泳の平井伯昌氏、陸上の原晋氏らを引き合いに出して語った。
最後に、伊藤氏は「そもそも走り込みって『そのスポーツに本当に必要ですか?』という話。そこから見直した方がいいと思います」と警鐘を鳴らし、より良い部活の文化に発展していくことを願った。
伊藤「結局は指導者側の勉強不足というか、学び続ける意欲の有る無しに行きついてしまいます。走り込みに限らずただ無目的にやらせてしまったり、若いうちから筋トレをさせたりした方が指導者は楽が出来ます。また、深く考えてトレーニングを組み立てなくても、子供たちは身体の成長も手伝い自動的に伸びていってしまうこともあります。でも、本来のスポーツ指導の形はそうではないんじゃないか。背景には業務過多の教師が部活動指導の全てを担うことの限界という事実ももちろんあるはずです。いずれにしてももう一度、立ち止まって様々な角度から広い視野で考える必要があるのではないかと思っています」
もちろん、走り込みのすべてが否定されるべきではない。しかし、選手の意欲を引き出すためには、指導者が従来の“当たり前”をもう一度、見直す必要があるだろう。
◇伊藤友広
国際陸上競技連盟公認指導者(キッズ・ユース対象)。高校時代に国体少年男子A400メートル優勝。アジアジュニア選手権日本代表で400メートル5位、1600メートルリレーはアンカーを務めて優勝。国体成年男子400メートル優勝。アテネオリンピックでは1600メートルリレーの第3走者として日本歴代最高の4位入賞に貢献。現在は秋本真吾氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01」を立ち上げ、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。
◇秋本真吾
2012年まで400メートルハードルのプロ陸上選手として活躍。オリンピック強化指定選手にも選出。2013年からスプリントコーチとしてプロ野球球団、Jリーグクラブ所属選手、アメリカンフットボール、ラグビーなど多くのスポーツ選手に走り方の指導を展開。地元、福島・大熊町のために被災地支援団体「ARIGATO OKUMA」を立ち上げ、大熊町の子どもたちへのスポーツ支援、キャリア支援を行う。現在は伊藤友広氏らとスプリント指導のプロ組織「0.01」を立ち上げ、ジュニア世代からトップアスリートまで指導を行っている。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)