名門の英国ロイヤル・バレエ学校を卒業 2人の日本人ダンサーが歩み出すプロへの道【#青春のアザーカット】
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。その上、コロナ禍で“できないこと”が増え、心に広がるのは行き場のないモヤモヤばかり。そんな気持ちを忘れさせてくれるのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
連載「#青春のアザーカット」カメラマン・南しずかが写真で切り取る学生たちの日常
学校のこと、将来のこと、恋愛のこと……ただでさえ悩みが多い学生の毎日。その上、コロナ禍で“できないこと”が増え、心に広がるのは行き場のないモヤモヤばかり。そんな気持ちを忘れさせてくれるのは、スポーツや音楽・芸術・勉強など、自分の好きなことに熱中する時間だったりする。
そんな学生たちの姿を、スポーツ・芸術など幅広い分野の第一線で活躍するプロのカメラマン・南しずかが切り取る「THE ANSWER」の連載「#青春(アオハル)のアザーカット」。コロナ禍で試合や大会がなくなっても、一番大切なのは練習を積み重ねた、いつもと変わらない毎日。その何気ない日常の1頁(ページ)をフィルムに焼き付けます。(文=THE ANSWER編集部・佐藤 直子)
2頁目 ロイヤル・バレエ・スクール卒業 中野里美さん、松浦祐磨君
2020年3月のこと。進級試験当日の朝、校長から全校生徒に緊急連絡があった。
「ロンドンがロックダウン(都市封鎖)されるかもしれません。国外出身の生徒は試験後、母国に戻ることを勧めます」
1926年創設の由緒正しきロイヤル・バレエ・スクール。英国ロイヤル・バレエ団とバーミンガム・ロイヤル・バレエ団を目指すダンサーの登竜門的学校で、1学年30人ほどの狭き門にはブラジル、オーストラリア、インド、スペインなど世界中から毎年2万を超える入学申し込みが殺到するという。
卒業生には熊川哲也さんや平田桃子さんら世界で活躍する日本人ダンサーも並ぶ名門で、次世代のプリンシパルを目指し、バレエ漬けの毎日を過ごしていたのが、里美さんと祐磨君だった。
里美「試験どころじゃなかったです」
祐磨「呆然としたよね」
不安な気持ちに襲われながらも、なんとか試験を終えて日本へ帰国。例年は学校で直接知らされる試験結果がメールで届くまで「ハラハラしました」(祐磨)。2人とも無事、最終学年へ進級したが、待っていたのはそれまでとは全く違う世界だった。
学校では朝8時半から語学や解剖学を学び、11時から各種ダンスのレッスンが始まる。寮へ戻れば夕食の時間。日本人と欧米人とでは骨格が違うため、英国流の体の使い方に慣れるまでは「毎日筋肉痛で、夜中でも痛くて起きることもありました」(祐磨)。言葉や食生活の違いに日本が恋しくなることもあったが、一流の講師や仲間と互いを高め合える。当たり前のように過ごしていたロンドンの日常は、コロナ禍の前に一瞬で消え去った。
緊急帰国してからロンドンに戻れたのは半年後の9月。その間は日本でオンライン授業を受けたが、日本も緊急事態宣言の真っ只中。大きなスタジオを借りることはできず、自宅の限られたスペースでは基礎練習はできてもジャンプなど大技の練習は無理があった。
ロンドンに戻れない――。大きなスペースで踊れない――。八方塞がりの状況に思えたが、視点を変えると違った価値観が見えてきた。
里美「それまで踊ることで忙しくて疎かにしてしまったピラティスをしたり体幹を鍛えたり、改めて基礎に取り組む時間になりました」
祐磨「大きいスタジオで踊れたり先生に直接教えてもらえたりする有り難さも感じましたね」
里美「授業ではクラスメートと自分を比べてしまうこともあったけど、オンライン授業では自分と向き合える時間が増えました。その時間は大きかったと思います」
里美さんはボストン・バレエ2へ、祐磨君はABTスタジオ・カンパニーへ
バレエや舞台など芸術公演は軒並み中止。「辞めたり辞めさせたりしたダンサーは多いです」(祐磨)という状況でも、2人がバレエへの情熱を失わなかったのは「就職という次の大きな目標があったから」と口を揃える。就職とはつまり、プロダンサーとして所属先を決めること。里美さんは米ボストン・バレエ2へ、祐磨君は米ABTスタジオ・カンパニーへ、2人とも無事に就職を決めたが合格するまではドタバタだった。
希望するバレエ団にプロフィールやビデオを送り、選考を通ると、次はオーディションだ。本来は審査員の目の前でダンスを披露するのだが、コロナ禍のためオンラインで実施。一度のオーディションに世界各地から複数のダンサーが参加する方式で行われた。
祐磨「僕は日本にいる時にABTのオーディションだったんですけど、一番見栄えがいいアングルを探してカメラを置いたのに、Wi-Fiの調子が悪くて(笑)。バレエ団の社長も見ている中、画面がカクカクして課題の振り付けがよく見えなくて焦りました」
里美「私は(英国の)リーズにあるノーザン・バレエ団でワークエクスペリエンス(職業体験)をしている時にボストンのオーディションが決まりました。慣れないスタジオを借りてのオーディションはちょっとしたパニックでしたけど、ノーザン・バレエ団からも声を掛けていただいていたので、心のどこかに安心感のようなものもありました」
ダンサー募集を見送るバレエ団も多く、例年よりも倍率は急騰したが、2人の元にはそれぞれ世界を代表する名門から「合格通知」が届いた。プロとして踏み出す第一歩の決定に、クラスメートとして共に努力を重ねた2人は「うれしかったよね!」と互いの朗報を喜んだ。
中学2年からロイヤル・バレエ・スクールのロウアースクールに留学した里美さんと、日本にいながら国内外のコンクールで優勝して名を馳せた祐磨君。互いの存在は耳にしていたものの、その才能を目の当たりにしたのは2018年、祐磨君がロイヤル・バレエ・スクールのアッパースクールに入学する頃だった。当時からダンサーとして互いをリスペクトする気持ちは変わらない。
里美「もう技術がすごすぎて、クラスメートもビックリするくらい断トツなんです」
祐磨「すごくきれいなダンスで引き寄せられます。バレエ向きのスラッとした細い足だったり、きれいなラインだったり、自分にはないものを持っている。生まれ持った天性のものがあるなと」
今年7月にロイヤル・オペラ・ハウスで行われた2年ぶりの学校公演では、渾身のパ・ド・ドゥ(2人での踊り)で魅了した。里美さんが「何でも言い合える関係でもあるので、すごく頼れるパートナーでした」と言えば、「プロになって、また大きい舞台で一緒に踊れたらいいよね」と祐磨君。母国を離れ、一流ダンサーを目指して切磋琢磨した2人の学校生活は、舞台上でスポットライトを浴びながら幕を下ろした。
コロナ禍で舞台経験が減ってしまった分、この夏は日本で様々な公演に参加し、プロとして踏み出す第一歩に備えた。9月からいよいよ始まる新たなキャリアに胸は膨らむばかりだ。
祐磨「アメリカはイギリスや日本とバレエの感覚やお客さんの感じも違うと思うので、慣れるまで少し時間はかかると思います。拠点のニューヨークの他にも、ロサンゼルス、サンフランシスコ、テキサス、香港などでも公演するツアーカンパニーなので、それも楽しみながら色々なことを吸収したいですね」
里美「アメリカはアクロバティックな振り付けが多くて、より高い技術を求められるので、もっと技術を磨きたいと思います」
プロとして新たな境地を見た2人が踊る次回のパ・ド・ドゥは、きっとより洗練された深みのある魅力で客席を包むに違いない。
【出演者募集】
プロカメラマンの南しずかさんが、あなたの部活やクラブ活動に打ち込む姿を撮りにいきます。運動系でも文化系でも、また学校の部活でも学校外での活動でもかまいません。何かに熱中している高校生・大学生で、普段の活動の一コマを作品として残したいという方(個人または3人までのグループ)を募集します。自薦他薦は問いません。
下記より応募フォームにアクセスし、注意事項をご確認の上、ご応募ください。
皆様のご応募をお待ちしております。
■南しずか / Shizuka Minami
1979年、東京都生まれ。東海大学工学部航空宇宙学科、International Center of Photography:フォトジャーナリズム及びドキュメンタリー写真1か年プログラムを卒業。2008年12月から米女子ゴルフツアーの取材を始め、主にプロスポーツイベントを撮影するフリーランスフォトグラファー。ゴルフ・渋野日向子の全英女子オープン制覇、笹生優花の全米女子オープン制覇、大リーグ・イチローの米通算3000安打達成の試合など撮影。米国で最も人気のあるスポーツ雑誌「Sports Illustrated」の撮影の実績もある。最近は「Sports Graphic Number Web」のゴルフコラムを執筆。公式サイト:https://www.minamishizuka.com
南カメラマンがレンズに収めた里美さんと祐磨君の「旅立ち記念」
「撮影協力:Pictures Studio赤坂」
(THE ANSWER編集部・佐藤 直子 / Naoko Sato)