「魂で話さないと意味がない」 村田諒太が台本を見ず、高校生に届けた「エール」
「僕はこの夏でボクシングが最後だった」という高校生へ、村田がかけた言葉
「村田選手なら私たちの状況でどうしていましたか」「今年は部員勧誘ができない。どう競技の魅力を伝えたらいいですか」などと質問をぶつけていく。「今までどんな練習でそこまで上り詰めたんですか?」という問いに対し、村田は「みんな、世界王者というと魔法のような特別な方法を思い浮かべるけど、そんなことはない」と言い、元世界王者の輪島功一さんの言葉を紹介した。
「『特別なことをするのが難しいのではなく、簡単なことを毎日続けるのが難しい。それをできた人間がチャンピオンになれる』と。本当にそう思う。特別なことではなく、毎日教えられたことをやったり、走ったり。そういうことが積み重なっていくもの」
特に高校生が頷いたのが、挫折との向き合い方だった。ボクシングを始めた中学時代、あまりの練習の厳しさに2週間で逃げ出したことがあるとエピソードを冒頭で明かしていた村田に対し、一人の男子部員が「村田さんはボクシングから逃げたなどの経験があったと言いましたが、そういう挫折の立ち直り方を知りたい」と投げかけた。すると、世界王者が意外な胸の内を明かした。
「僕も特別でいたかったと思う。僕はボクシングにすがるしかなかったんです、たぶん。それは未だに続いていて、ボクシングを取った自分に若干、自信がないことが正直ある。だから、続けていくにはカッコつけなければ、と。あまりカッコいいモチベーションじゃなく、意外とすがっているところがあるんですよ。でも、それも僕にとっては一つの心構えになっていたのかな。
現代の子たちは何でも揃っているから、そっちの方に行っちゃう。若いボクサーの子たちを見ていても、ボクシングしかなければもっと頑張るのに、ボクシングで稼ぐよりアルバイトで稼いじゃう。そっちの方がいいからと楽な方に逃げちゃう。僕はこれ以外に成り上がる方法は思いつかなかった、というのが正直なところ。だから、イヤだったけど、ボクシングに戻ってきた」
世界王者であっても、一人の人間だ。「ボクシングを取った自分に自信がない」――。心のどこかに、弱さだってある。年齢が半分ほどの高校生相手であっても、カッコつけることのない本音。熱い言葉の節々に、高校生もどんどん前のめりになっていく。
そして、最後に待っていたのが、村田が覚悟していた質問だった。一人の男子部員が手を挙げると、訴えかけた。こんな言葉だった。「僕は高校でボクシングを終わろうと思っています。このインターハイが最後の試合になるので目標にやってきたけど、なくなってしまい、残念です。僕はこれから何を目標にやっていけばいいと思いますか」。苦しい胸の内。村田も一瞬、逡巡した。
「アドバイスは難しいし、(正解は)存在しないが本当のところ」と言った後、「でも……」と続けた。
「僕は思うんだけど、物事って『これが良かった、悪かった』ということは後から判断できるもの。歴史もそう。自分の中にいろんなことがあり、すべてが現在から見た過去(として存在している)。だから、この悔しい思い、やるせない気持ちも、将来に満足する自分がいれば『あんな気持ちがあったから、俺はここまで来られたんだ』と思えるわけです。
だから『これだ』という答えは言えないけど、将来の自分が何かを掴み取った時に『高3のインターハイに出られなかったけど、あんな悔しい思いをしたから、今の俺がいるんだ』と言えるかどうかは、未来の自分にしかかかっていないと思う。だから、インターハイがなくなったから……という気持ちになるより、未来を創っていくしかないと思うんです」
ボクシング部のみならず、おそらく今、全国で多くの部活生が抱えているだろう思い。言葉を選びながらも、一人のアスリートとして、34年生きた人生の先輩として、真正面から真剣に、誠実に向き合った。高校生でなくとも、胸を打つものがあった。