女子マラソンが世界で勝てない理由 16年経っても「最後の五輪女王」野口みずきの憂い
「強くなりたい、でも怪我はしたくない」という葛藤、野口さんの向き合い方とは
速くなるためには、過酷な練習に耐えられる強い体が必要。怪我を恐れて走らないのではなく、そもそも“走れない”のだろう。近年のスポーツ界で叫ばれる「脱・勝利至上主義」「量より質」「怪我をさせない」という時代の流れとは、一見すると逆行したような考え。しかし、これらを蔑ろにし「痛くてもとにかく走れ」というスポ根論が正解だと主張しているわけではない。
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強くなりたい、でも怪我はしたくない。相反する気持ちのバランスをどう整えるのか。量も大切だと思うからこそ、野口さんも現役時代に葛藤を経験した。
「合宿中、高強度の練習をした日の翌朝が一番気になります。『痛くなっていたらどうしよう』と。でも、リスクを恐れて70、80%の練習をするより、高強度の練習なら怪我をしても納得できると思うんです。それだけやったんだから仕方がないと誇れる。後悔なくできると思うんですね。
目標が高い分、強度の高い練習が必要になります。だから、私は『練習が120%、試合が100%』という気持ちでやっていました。練習がとにかくきつい。ペースは設定されていますが『出されたメニューを絶対に超えてやる』みたいな。監督たちをいい意味で裏切ってやる。リスクも頭をよぎりますが、ガンガンやってやるという気持ちでした」
走った距離には裏切られなかった。アテネ五輪で金メダル獲得後、05年ベルリンマラソンではアジア記録(男女混合レース)の2時間19分12秒を叩き出した。しかし、栄光の時代を築き上げた一方で、連覇を狙った08年北京五輪は左太もも肉離れでレース5日前に出場辞退を発表。怪我と闘う競技人生となった。
それでも、実業団入りした時に掲げた「ボロボロになるまで走りきる」という目標を完遂。37歳で引退する時、後悔はなかった。
今の世界記録は、ブリジット・コスゲイ(ケニア)が2019年10月に出した2時間14分4秒。長距離種目はアフリカ勢が席巻しているイメージが強い。素人目から見ると、持って生まれたものの差を感じてしまいがちだが、野口さんは練習量や意識の持ち方次第で世界と戦うことも不可能ではないと見ている。ただし、現状では“プロ意識”においてもアフリカ勢と差を感じている。
「ハングリー精神の違いはあるのかなと。環境もそうですし、プロとして意識が違う。やはり日本では、自分が手に入れたいと思ったものは何でも手に入れられるし、走る環境も凄く整っています。アフリカは近代的になったとはいえ、まだまだ整備されていない。そこでトレーニングしているアフリカ勢はいまだに強いですよね」
マラソンではないが、一目置くのが女子1万メートル日本記録保持者で東京五輪代表の新谷仁美(積水化学)。「あのプロ意識は素晴らしいものがあると思います。彼女の陸上に対する気持ちは、ほんっっとに凄い」。「プロ」「実業団」の肩書きは関係ない。全てを懸ける結果主義者の姿に感心している。