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高校ラグビーで衝撃、強すぎるV3桐蔭学園 「大阪勢」に勝つため…何でもやった藤原監督の尽力

「東」の昭和から「西」の平成を経て「桐蔭時代」へ

 心理学者を招いてメンタルを見直し、五輪金メダリストを量産する日体大レスリング部への出げいこで身体の使い方を学んだ。ニュージーランドやオーストラリアなど世界最先端のラグビーを学び、指導に生かした。劣勢な関東勢のレベルアップのために関東スーパーリーグ創設にも尽力した。大阪勢の壁を突破するために、できることは何でもした。

 平成最後の18年度、決勝で大阪桐蔭に敗れた桐蔭学園は翌19年度決勝で御所実(奈良)を破り初の単独優勝、令和の初代王者になった。決勝で東海大仰星を破って優勝した前回大会では「決勝で初めて大阪勢に勝てたことがうれしい」。そして今大会、史上初めて大阪3校を撃破。決勝の京都成章を含め「栄養になったし、勉強になりました」という言葉には、チームの力を引き上げてくれた大阪勢への感謝があった。

 勢力図は時代とともに変わる。40年前の85年度、藤原監督は大東大一(東京)のWTBとして全国制覇を果たしている。決勝の相手は同じ東京代表の本郷、相模台工と熊谷工(埼玉)を合わせて関東勢がベスト4を独占した。桐蔭の強力FWを育てた金子俊哉コーチは翌86年度優勝した国学院久我山(東京)のHO。決勝の相手は熊谷工だった。

 昭和の時代は「東高西低」だった。戦後の秋田工時代を皮切りに保善、目黒、国学院久我山と東京勢が大会を席巻した。大東大一対本郷まで、東京勢同士の決勝対決は実に7回。関東勢ベスト4独占の時は、プレスルームに「もう、秩父宮でやったらええ」というため息交じりの声まで流れた。

「東」の昭和から「西」の平成を経て、令和になって桐蔭学園が「黄金時代」を築きつつある。藤原監督は40年の時の流れを思って「感慨深いですね」と口を開いた。もっとも、続けたのは「まだまだですけど」という言葉だった。

 桐蔭学園が「西高東低」に風穴を開けたが、他の関東勢は思うような成績を残せていない。大阪勢は変わらず強いし、東福岡も安定している。関東がレベルアップすれば全体のレベルも上がり、高校ラグビーも盛り上がる。だからこそ、桐蔭学園に続く関東勢の躍進を期待する。

 再び関東の時代が来るのか。大阪勢3校を破った桐蔭学園の歴史的な3連覇は、勢力図を塗り替えるための序章に過ぎない。戦後最多タイの4連覇に向けて「また来年、頑張ります」と話した藤原監督。その挑戦は、まだまだ続く。

(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)



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荻島 弘一

1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。

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