「棄権がどれだけ失礼か」 会見で涙した新谷仁美が「0点のレース」で気づいた原動力
レース後に客席へスパイクを投げ込んだ理由「結果を出せなかったけど…」
今年は5月9日の五輪テスト大会5000メートルで15分18秒21の5位。日本記録更新を宣言しながら25秒も届かなかった。「練習を積んでもそれが身になっていない」。自己分析した原因は「日頃から気持ちのコントロールを上手にできていない」ということ。昨年12月には1万メートルで異次元の日本記録を更新したが、今年に入って精神面が成績に影響しているという。
メンタルが揺れ動くのは、夢に見た五輪が近づいているからだけじゃない。20日に沖縄を除く9都道府県で緊急事態宣言が解除され、東京や大阪などはまん延防止等重点措置に移行した。まだ収束が遠いのが現状。「今はアスリート、スポーツが大きく在り方を問われている」。東京五輪を含め、コロナ禍のスポーツイベント開催に賛否があるのは重々承知している。
テスト大会の時、会場近くで五輪反対デモを行う人々について「その人たちの気持ちに寄り添う必要がある」と説いた。しかし、精神状態は「苦しい。アスリートとしてどういう答えが望ましいのかわからない。今年に入ってから本当に悩んでいる」と吐露。当時は「それ(苦しむ姿)を見せたらいかん」と踏ん張ったが、この日は涙を堪えきれなかった。
複雑な心境を抱えながらも、原動力は変わらない。上限5000人に制限された日本選手権。「結果を出せなかったけど、何かを残したい」。新谷はレース後、自身のスパイクを一人のファンに投げ込んだ。五輪本番を観戦できる人数は、当初より大幅に少なくなる見通し。「一人にしかあげることはできないけど、プレゼントの意味でお渡ししました」と足を運んでくれた人に感謝を示した。
14年に一度引退し、4年間のOL生活を経て現役復帰。「応援してくれる人のために」という想いは、戦いの場に戻ってきた時からずっと持ち続けてきた。
「もちろん(大会開催の)反対意見があることも理解しています。でも、応援してくださる人がちゃんといる。私が復帰した時に一番感じたこと。それが途切れることなく、今日まで応援してれた人たちがいたから、いま走れるんだなと思います」
棄権したいと横田コーチに伝えた時、即座に「棄権していいよ」と受け入れてくれたという。「それが大きかった。もう泣いちゃうくらい頼ってしまう」。良い時は感謝し、悪い時でも責任を分け合える信頼関係。「時速300キロでぶつかっても壊れない人。ほとんどの人は天国行きになるのですが、横田さんはそこを耐えてくださる。思い切ってぶつかっていける」。涙を流した会見の最後、冗談交じりの“新谷節”が甦った。
「気持ちをうまくコントロールしないといけない。そこをうまく結果に繋げる。やっぱり逃げ腰になってはいけない」
五輪1か月前に表れた弱気な自分。この日流した涙は強くなるための糧。一度克服すれば、もう怖いものはない。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)