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「0-114」から目指す花園― 元日本代表主将が石巻工に伝えたこと「1か月で変われる」

気温17度。すっかり秋の気配を漂わせる宮城・石巻工業のグラウンドに、ラグビー部の熱い声が響いた。その中心で満足そうに見つめていたのが、ラグビー元日本代表主将・菊谷崇氏だ。「いい時間を過ごせたんじゃないかと思います」。すっかり日の落ちたグラウンドで、石巻の戦士たちのはつらつとした姿に充実感を漂わせた。

石巻工業のラグビー部員と元日本代表主将・菊谷崇氏は、2日間濃密な時間を過ごした【写真:編集部】
石巻工業のラグビー部員と元日本代表主将・菊谷崇氏は、2日間濃密な時間を過ごした【写真:編集部】

元日本代表主将・菊谷崇氏が1年ぶりの石巻訪問

 気温17度。すっかり秋の気配を漂わせる宮城・石巻工業のグラウンドに、ラグビー部の熱い声が響いた。その中心で満足そうに見つめていたのが、ラグビー元日本代表主将・菊谷崇氏だ。「いい時間を過ごせたんじゃないかと思います」。すっかり日の落ちたグラウンドで、石巻の戦士たちのはつらつとした姿に充実感を漂わせた。

 菊谷氏が同校を訪れたのは10、11日の2日間。33人の部員と、短くも濃密な時間を過ごした。昨年10月の全国高校ラグビーフットボール大会宮城県予選の決勝直前の訪問以来、約1年ぶりの再会。東京―石巻、離れている間は遠隔指導ツールを活用し指導を続けてきた。代替わりしているとはいえ、残っているメンバーに知った顔も多い。日本代表68キャップを誇る、ラグビー界のレジェンドの顔も自然とほころんでいった。

 菊谷氏は2016年に東日本大震災の東北支援活動が減少傾向にある中、「東北のために力になりたい」との想いから支援活動を決断。公益財団法人東日本大震災復興支援財団が立ち上げた「東北『夢』応援プログラム」に、キヤノンイーグルスの代表として賛同を表明したのがきっかけ。以来、石巻に足を運び続けて今年が3年目だ。

 同校は8日に宮城県予選の準々決勝を終えたばかり。33-15で利府を破り、準決勝に駒を進めていた。初日の10日はあいにくの悪天候ということもあり、校内で座学を行った。まずは昨年、菊谷氏と共に同校を熱血指導したキヤノンの天野寿紀から届いたビデオメッセージが紹介された。

「初戦突破おめでとうございます。ミスはみんなでカバーして助け合って、どんな相手でもチャレンジしていくこと。出られない仲間のためにも、フィールドに立つ15人は自分たちのラグビーを信じてやって欲しい。応援しています」

 昨年は直接、指導を受けた天野からの熱いメッセージ。花園出場を目指す生徒たちも、ひときわ精悍な顔つきに変わっていった。

グラウンドでの実技指導では、菊谷氏によるコミュニケーション力の重要性を伝えるメニューが行われた【写真:編集部】
グラウンドでの実技指導では、菊谷氏によるコミュニケーション力の重要性を伝えるメニューが行われた【写真:編集部】

最大のライバル仙台育英には新人戦で0-114の大敗

 今年もチームの目標は、仙台育英に勝って悲願の花園出場を決めること。花園予選は現在仙台育英が22連覇中。石巻工業はここ4年連続で決勝で敗れており、今季こその思いが年々強まっているのだ。

 しかし今季は新人戦で仙台育英に0-114という大敗を喫したところからのスタート。夏の県高校総体では7-59と失点は半分近く減らしたが、まだ大きな差がある。勝つためにはロースコア。設定した目標スコアは「20-15」だった。それを踏まえての、準々決勝のレビュー。菊谷氏が映像を見ながら、チームの強み、弱み、得意なところ、苦手なところを個々に質問していく。そこから、逆算して「仙台育英に勝つためには何が必要か?」を突き詰めて行く。

 首脳陣からも指摘があったのが、コミュニケーションの拙さ。互いの声かけが少なく、意思疎通がままならない。ディフェンスでは危機を招き。アタックではチャンスをつぶしてしまうという。実際の試合を見ながら、「これは何のミス?」「声がない?どのタイミングでの声がないの?」など菊谷さんと選手がディスカッションを重ねていく。「どういう声を出した?」「どのタイミング?」と鋭く、一人一人に問題意識を投げかけていった。

 元日本代表の主将と試合についてディスカッションすることは、普段の部活動ではまずできない経験だ。最初は戸惑い気味だった生徒たちも次第にヒートアップ。自身たちが抱える課題について、より明確になっていったようだ。ディスカッションは約2時間続き、初日は終了した。

 晴天となった2日目はグラウンドでの実技指導。明らかになった課題である、コミュニケーション力の向上に狙いを絞っての、ゲーム形式のトレーニングを行った。

 9人ずつ3チームに分けてのタッチフット(タックルをタッチに置き換えた実戦形式の練習)。2種類のメニューを使い分けて、生徒たちに声を出す大事さを教え込んだ。どちらのメニューも周りからの適切な声が出なければ、ディフェンス、アタック共にスムーズに運ばない。瞬間的なコミュニケーションの大切さを痛感させられるメニューだ。

2日間で計4時間と短時間ながら、濃密な時間を過ごした石巻工業のラグビー部員と菊谷氏【写真:編集部】
2日間で計4時間と短時間ながら、濃密な時間を過ごした石巻工業のラグビー部員と菊谷氏【写真:編集部】

2日間で伝えたかったのは“気づき”

 3チームが交代で、短い間隔で何度もゲームを繰り返していく。ゲームの合間では、各チームに反省点、うまく行った点を質問する。「どんな声を出せばいい?」「どういう声が欲しい?」。そう問いかけ、選手に考えさせる。最初は全く声が出ていなかった生徒たちからも、次第に声が出始める。声のボリュームも上がっていく。そうしなければゲームを有利に運べない。相手に勝てないからだ。それこそが菊谷氏の狙いだ。

「ゲームは基本的に楽しいので、自然と声が出るようになります。勝ちたい。より楽しくやりたい。そうすると自分たちから声が出るんです。主体的、自発的に出る。そういうところへのアプローチです」

 約2時間。徹底的にタッチフットを繰り返し、“コミュ力”の改善に努めた。日が完全に沈む頃には、練習を視察したOBが「今まで聞いたことがないくらいの声が聞こえてきた」と目を丸くするほどだった。

 2日目のラストに、菊谷氏は生徒たちに再び問いかけた。

「今日やった練習はどういう練習だった?」「昨日はどんな反省だった?」と問いかけ、しっかりとした答えが返ってくると、満足げにうなずいた。

「今日はディフェンス、アタックで声を出すこと。今ある戦術をどうすればより良いものになるか。やってきたラグビーは間違っていない。自信につなげるためにはしっかりと声を出すことが大事。しっかりと、いつ、どのタイミングで、声を出せば良いのか。質の高いコミュニケーションを発揮できるようになれば、おのずといい結果、いいプレーにつながっていくと思います。それに選手たちも気づいたと思う」

 2日間で計4時間と短時間ながら、実に濃密な時間。生徒たちにとっても、新たな気づきがあり、新たな自信につながったことだろう。

 花園出場まではあと2試合。準決勝は10月18日に仙台三高と、勝てば決勝では仙台育英との対戦が濃厚だ。昨年11月には114点差をつけられ完敗した相手との差を、どこまで詰められるのか、そして勝つことはできるのか――。「残り1か月間でやれることはたくさんあります。そして変わることもできます。相手も同じ高校生ですから」。そう言い残し、奇跡を信じる菊谷氏は石巻を後にした。

(THE ANSWER編集部)

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