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プロから“サラリーマン選手”へ J通算435試合出場の小林祐三がアマ転向を決めたワケ

できない自分を認めてできるようになっていく楽しさ

 現役当時からクリアソンの事業に関わり、例えば大学生の就職活動に関する研修に現役アスリートとしてゲスト参加していた。それはあくまでも外部の人間として携わっていたわけで、今年からは実際に中に入って仕組みを学んでいる。「サッカーにたとえると試合だけをやっていた感じですよね。そこに至るトレーニングや運営といった本当の意味での事業を勉強しています」。今後は演者として舞台に上がっていたからこその視点や発想が生かされていくはずだ。

 小林がDJを始め、多趣味で多才なことはサッカーファンの間ではお馴染みだろう。しかしながら「エクセルやパワーポイントは全くの素人で、ゼロから覚える苦労があります」と額の汗を拭う。そして、それすらも「できないことを自分自身が認めて、できるようになっていくのは本当に楽しいですよ」と今の自分に胸を張る。

 新しいモデルケースになりうる歩みを、自身でどのように評価するのか。

「Jリーグでプレーしていて、今をものすごく楽しんでいる選手はあまりいないような気がしていて、みんな引退後の不安を抱えています。しかし、さらにそこから指導者やタレント、最近だとYouTuber、あるいは起業家を目指すしかないとすると、さらに大変な道だと思います。

 だから僕がやっているのは思ったよりも普通のことで、開拓者を気取るつもりはありません。ただ自分くらいのキャリアを持った人間が素人に戻れる感覚があってもいいのかなと。“小林祐三”という看板を下ろして素人になれる環境を求めてきたから、今が本当に楽しい」

 Jリーグの場合、年末年始はオフシーズンのため選手の移籍話が飛び交うが、小林は「このオフに誰がどこに移籍したとか、ほとんど知りません。1月下旬だと、どのチームもキャンプインしている頃で、すごく楽しかったです。でもプロとしてキャンプを17回も経験させてもらったから、満足です」

 今はエクセルとパワーポイントの習得に励み、それが終われば夕方からサッカーボールを蹴る。クリアソン新宿でのポジションは「右サイドバックか、3バックの右です」と慣れ親しんだ定位置だ。

 小林祐三の新しい日常が始まった。(文中敬称略)

[プロフィール]
小林祐三
1984年11月15日、東京都生まれ。5歳でサッカーを始めると、プロサッカー選手になることを夢見てサッカー処、静岡の静岡学園高校に進学。2004年に念願叶って柏レイソルでプロデビューを飾る。2011年に横浜F・マリノスへ移籍、2017年からはサガン鳥栖でプレーし、昨シーズンを持って17年間のプロサッカー選手としての人生を終えた。2021年1月、株式会社Criacaoへ入社。同時に、関東サッカーリーグ1部に所属するクリアソン新宿でアマチュア選手としてプレーを続けている。

(藤井雅彦 / Masahiko Fujii)

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