仕事で大切なのは「お金」か「やりがい」か “指導”で生きる元陸上選手のビジネス論
無形のサービスを提供する秋本さんが“値付け”に持つこだわり
――「お金」の部分で踏み込んで聞きたいのですが、秋本さんは「足を速くする」という無形のサービスに値付けをして提供し、収益を得ています。そもそも「スプリントコーチ」という職業はまだ聞き馴染みがなく、サービスに対する対価を設定するかは難しいところ。値付けについてはどう価値基準をもってされているのでしょうか?
「値付けは、最初は臆病になっていたところもありました。このくらいの金額にしてみようかと考えた時、せっかくアスリートが自分に走り方を教えてほしいと言っているのに『うわ、この金額高いな。それなら、やらないわ』と、もし思われたらどうしようと。なので、そこは経験を積みたいし、“受ける”というスタンスで行こうと思って、自分の理想よりだいぶ金額を下げて価値提供していました」
――何をきっかけに変わったのでしょうか?
「スプリントコーチを始めて3年目の時です。僕が教えている浦和レッズの槙野智章さん、宇賀神友弥さんに『秋本さんが教えている金額、安すぎるよ』と言われたんです。彼らは指導を受けて足が速くなって勝利給を獲得し、年俸が上がり、指導の金額の何倍の価値にもなって返ってくるという考え。『アスリートにいくらで教えているの?』と聞かれて答えると『安い』と言われることの方が多くなっていったんです。『金額に“0”を1個増やした方がいいよ』とか。そのぐらいのタイミングで自分自身の年収を上げるためにはどうすればいいんだろうと考えるようになりました。
答えは簡単で、今の金額のまま現場の数を増やすか、コーチングの金額の単価を上げるかです。年間の半分以上、出張で現場に出ている毎日でしたので、これ以上数をこなすのは体力的にも限界がありました。単価を上げることはそう簡単なものではありません。でも、これまで自分自身が現場で指導をしてきた実績や本当に足が速くなったという結果、怪我がなくなったという事実、同じ現場に複数回呼んでもらえるという信頼。それらを考えた結果、『俺がやっていることの価値って、こんなもんじゃないよな』と思い始めたんです。もし、金額を上げて依頼が減るようなら俺のやってきたことはそれまでだったんだと覚悟を決めました」
――結果はどうなったのでしょうか?
「むしろ依頼は増えました。たまに『そんなにするんですか?』とか『結構高いんですね』とか言われても『それ以上の結果と価値を僕は提供できますので』と話すと、先方に『この人、本気なんだ』という姿勢が伝わり、実際に現場での僕のコーチングを見て、『また絶対呼びます』と言っていただき、今では毎年僕の走り方教室を主催してくださる自治体や学校、クラブもたくさんあります。
もちろん、自分自身でブランディングも徹底してきました。自分でイベントや教室は主催しない、営業しない。どうやったらこの人に教われるんだろうというイメージを作っていきました。インスタグラム、ツイッターでアスリートにコーチングしている動画を見せることで、どんなことをやっているんだろうと思わせる見せ方も意識してきました」