学生アスリートと就活 「100メートル10秒台で走れます」は本当に仕事に生きないのか
今は腹落ちしなくてもいいから知っておく方がいいこと
――だからこそ自分を知ること、就活っぽく言うなら「自己分析」が学生アスリートも大切ですよね。
「その振り返りがないといけないですね。僕は30歳で社会に出て気づいたので。そこから死ぬほどつらい思いを何度もして、めちゃくちゃ時間をかけて分かってくるんです。結局、俺はどうやって自分の競技で結果を出してきたんだろうって。スプリントコーチの仕事を始めた時、1、2年やって気づいたことがあって。競技生活でメインになった400メートルを始めたのが高校2、3年の時。すぐに結果が出たかと行ったら、それは無理でした。
日本選手権も大学4年になって初めて出られた。6年をかけて、やっとトップの舞台に立てた。今、スプリントコーチをやってちょうど6年目なので、自分がやってきた競技者としてのキャリアと比較したら“まあ、ちょっと知られてきたかな”くらい。誰もが知っているレベルじゃ全然ないんですよね。そう思うと、自分がどうやって足が速くなってきたのか、真剣に考えてきたことがすごく意味を持つように感じます」
――陸上選手に限らず、ほかの競技にも置き換えられそうです。
「例えば、野球を始めて何年目で甲子園に出られたのか。出られなかった人はそれでも大学でなぜ続けようと思ったのか。その過程で何を学んだのか。打てないボールが打てるようになったのはなぜなのか。僕もそういう風に考えられるようになったら、まだまだ頑張ろうと思えたんです。社会に出た時も一緒。社会人1年目はまったく理想と違うし、つまんない。それはそうだろうと思います。
みんな初めてやることは『できない』から始まっていて、自転車が乗れない時って面白くないんですけど、乗れたらすごく嬉しくて毎日必要以上に自転車に乗っていました。自転車に乗れたら楽しい、できないことができたら嬉しいという経験をどれだけ他のものに横展開できるかが大事なんだと思います」
――一般学生は1、2年生から就職活動を睨んで準備し、インターンシップに参加するなど動いています。でも、学生アスリートは卒業後も競技を続けたい選手も多く、部活に打ち込んでいる。そうなると、いざ就活をする場合に「自分の価値」を社会に結びつける作業に戸惑うかもしれません。
「それは感じると思います。でも、学生アスリートの皆さんも、結局はそういう局面にならないと、その難しさは本当には分からないものです。頭では分かっているつもりでも、実際に直面してやっぱりそうだったかと思う。ポイントはそうなった時にどれだけ急いで(課題を)回収しに行けるか。そういう気持ちになるきっかけをどれだけ自分で持っているということなのかなと。
『今、気づけよ』と言うのはあまりにもハードルが高いと思うんですよね。今、この記事をぼんやりと読んでいて『ああ、そうなんだ。でも俺は今、関係ないからいいや』と思って、でも現実に直面した時に『やべえ。もう一回、あの記事を見よう』って何かを努力し始めるとかでもいいと思います。そのきっかけになることは今、ネット上に山ほど落ちています。本でもいいし、YouTubeにアップされている成功者の話でもいい、腹落ちしなくてもいいから知っておく方がいい、そんな感じがしますね」
■秋本真吾
1982年生まれ、福島県大熊町出身。双葉高(福島)を経て、国際武道大―同大大学院。400メートルハードルを専門とし、五輪強化指定選手に選出。当時の200メートルハードルアジア最高記録を樹立。引退後はスプリントコーチとして全国でかけっこ教室を展開し、延べ7万人の子どもたちを指導。また、延べ500人以上のトップアスリート、チームも指導し、これまでに指導した選手に内川聖一(福岡ソフトバンクホークス)、荻野貴司(千葉ロッテマリーンズ)、槙野智章、宇賀神友弥(ともに浦和レッドダイヤモンズ)、神野大地(プロ陸上選手)ら。チームではオリックスバファローズ、阪神タイガース、INAC神戸、サッカーカンボジア代表など。今年4月からオンラインサロン「CHEETAH(チーター)」を開始し、自身のコーチング理論やトレーニング内容を発信。多くの現役選手、指導者らが参加している。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)