「正しい言葉が話せなくても…」 15歳で受けた衝撃、未知なる環境で学んだ海外で生き抜く術
後輩たちに伝えたい「しゃべること」の大切さ
岡田はこのようなシビアな環境を楽しみつつ、コートを離れたところではチームメートに勉強を教えてもらったり、ジャンクフードを食べたり、サッカー観戦に行ったり(バルセロナサポーターの岡田はマドリードでは肩身が狭かったらしい)と、かけがえのない時間を過ごした。
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「今は大学の寮と提携して、すごく充実した施設になっているみたいですが、僕が行った頃は一軒家で3人一部屋くらいの単位で共同生活する、みたいな環境でした。U18になるとさらに人数が増えて30人くらいが一つの家にいたので、ストレスしか溜まらなかったですね(笑)。当時、僕はU18とセカンドチームを掛け持ちしていて、帰宅が23時過ぎくらいだったんですけど、その時間になってもめちゃくちゃ騒いでいるやつがいたんですよ。眠れなくて、いつも寮母さんに相談していました」
岡田はため息交じりに当時を振り返ったが、「うるさくはあったけど、何より楽しかったです。兄弟みたいなやつが家にたくさんいて、学校でも練習場でも常に一緒にいたので」と懐かしそうに言った。ホームシックになったことは一度もないそうだ。
セントロでの学生時代を終えた岡田は、2023年にフランスの強豪ASモナコと契約。セカンドチームの「ASモナコU21」で着実に結果を残すと、トップチームにも帯同した。日本代表にも招集され、2023年にはU19ワールドカップでベスト8になり、NBAとFIBAが主催するエリートキャンプ『Basketball without Borders』ではアジア代表としてグローバルキャンプに参加した。
中学時代は「バスケが生活の中心」ではないチームメートを尊重しながら、県大会優勝を達成した。高校時代はバスケという同じ目標はあれど、言語も文化も宗教も異なる同世代たちと結束し、全国大会に出場した。岡田はまだ21歳と若いが、自分と異なる価値観を持つ人たちと多く関わり合いながら多感な時期を過ごした経験は、おそらくこれからの人生でも彼だけの大きな強みとして発揮されていくはずだ。
岡田は海の先を夢見る後輩たちに向けて、メッセージを送った。
「日本なら『しゃべるのが苦手』『表に出るのが苦手』でも大丈夫だけど、海外に出るなら絶対にしゃべることが必要です。大切なのは、いかに自分を表現して伝えられるか。正しい言葉が話せなくても、『本当にしゃべりたい』『君のことをもっと知りたい』という思いが伝われば、相手もそれを感じ取って積極的に関わってくれるようになると思います。もう一つは、海外に行ったら強い目標を持ち、それを忘れずに行動すること。責任感を持たないと送り出してくれた人に失礼だと思いますし、まわりを納得させるような具体的な目標があれば、たとえ上手くいかない時も『失敗した』と捉えずにいられると思います」
■岡田大河 / Taiga Okada
2004年5月23日生まれ、静岡県出身。174センチ・71キロ。アメリカを拠点にプロ選手として活動していた父の影響を受け、小学1年からバスケを始める。中学3年の9月にスペインへ渡ると、セントロの育成チームでプレー。3年目にはU18所属ながら、スペイン4部に所属していたセカンドチームでプロデビューを果たす。23年にはフランスの強豪ASモナコと契約。U21を主戦場にトップチームにも帯同した。また同年のU-19ワールドカップに日本代表として出場している。25年10月、特別指定選手(プロ契約)として川崎ブレイブサンダースに加入した。
(青木 美帆 / Miho Aoki)
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