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日本女子マラソンに新星「かわいいし、速いし…」 高橋、野口、渋井ら歓喜 矢田みくに「20分切り」の価値

高橋尚子さん(左)野口みずきさん(中央)から20分切りの「仲間入り」を祝福される矢田みくに【写真:編集部】
高橋尚子さん(左)野口みずきさん(中央)から20分切りの「仲間入り」を祝福される矢田みくに【写真:編集部】

2時間20分切りの「仲間入り」にレジェンド喜ぶ「顔もかわいいし、速いし」

 2000年シドニー五輪で優勝した高橋は、翌01年のベルリンマラソンで女子として初めて20分を切る2時間19分46秒の世界記録をマーク。当時、高橋を筆頭に日本のレベルは世界的で、04年にはこの日テレビ解説をした渋井陽子が2時間19分41秒、さらに05年には野口が2時間19分12秒で走った。増田から20年、9人が11回(高橋が3回)日本記録を出し、10分以上縮めた。

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 五輪でも92年大会で有森が銀メダルを獲得した後、4大会連続でメダル獲得。日本の陸上は五輪で28個のメダルを獲得しているが、女子は6個だけ。そのうち4個(他は1928年800メートル銀の人見絹江と2024年やり投げ金の北口榛花)がマラソンだ。世界選手権でも91年から2013年まで11個ものメダルを獲得。女子マラソンは日本陸上の「お家芸」だった。

 もっとも、この後は進化が止まる。一昨年の大阪で前田穂南が2時間18分59秒を出すまで19年間、日本記録は止まったまま。破られた野口さんが「やっと破ってくれた」というほど、長い時間を要した。20年近くかけて、ようやく13秒更新。その間に記録を伸ばした世界との差は広がってしまった。

 日本女子にとって大きな壁だった(2時間)20分切り。これまで切ったのは、23年に2時間19分24秒を出した新谷仁美を含め5人だけだ。20年以上前に達成した野口、渋井、高橋の3人が、この日のテレビ解説。海外のトップ選手とデッドヒートを演じた矢田の「仲間入り」を、レジェンドたちが喜んだ。

 渋井さんは、解説で「顔もかわいいし、速いし」と絶賛し、高橋さんも「ニューヒロイン誕生ですね」と興奮。会見後には高橋、野口、有森の五輪メダルトリオが矢田を激励した。前田の日本記録更新に続く同じ大阪での新星登場。集結した女子マラソンの「歴史」たちも、再び「お家芸」が輝く日を待ち望んでいる。

(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)

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荻島 弘一

1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。

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