比嘉大吾と堤聖也が揺らした脳、魂、そして命 負ければ転落人生、36分間でつくられた2人の空間

人生初ダウン、失った記憶…感動を呼んだベストラウンド
1万2000人が見守ったリング。前評判以上に熱く燃え上がった。
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初回。堤は瞬時に悟った。「本気の比嘉大吾だ」。初手のパンチに左フックが飛んできた。カウンターを狙う相手にペースアップした4回。頭同士がぶつかり、右まぶたから血を噴き出す。反対コーナーから声が飛んできた。「ごめん!」。笑みを浮かべて応えた。
極端に狭くなった右目の視界。ここには遠慮なんてない。アリーナが熱狂したのが9回だ。残り1分15秒、血だらけの右目側から左拳を顎にもらった。脳が揺れ、ふわっと意識が飛んだ。
目の前の敵がゆっくり流れていく。尻もちをつき、甲高いカウントが聞こえた。「あ、これがダウンか」。人生初めて。「ゾクゾクした」。高揚感に包まれ、また笑う。「楽しめている」。立ち上がってからわずか30秒。ベストラウンドが完成する。
今度は堤の右拳が顎をぶち抜いた。練習で体に染みつかせた一撃。「気づいたら倒れていた」。敵が前のめりに落ちた。再開後の15秒、30発の猛連打。相手の膝には力がない。レフェリーが手を挟む直前でゴングが鳴った。
青コーナーに戻った比嘉に異変が起きた。「自分はどこにいますか? 誰と試合をしていますか?」。錯乱した。野木丈司トレーナーは意識を呼び戻すのに必死になった。「何を言ってもわからないだろう」。赤コーナーから響いた声は「勝負に行け!」。10回のゴングが鳴った。
朦朧としたまま。もう、腹を殴られてもなぜか痛くない。「感覚がなくなった」。何を指示されても、ぬかに釘状態。「自分は誰なんだ」。苦しい練習で植え付けられた技で応戦した。最終12回へ。途切れそうな意識を野木トレーナーと繋ぎとめた。
「大吾、俺がわかるか」
「わかる」
「よし! 一緒に頑張っていこうや。相手は堤聖也だぞ。アイツに負けるなよ。相手のほうがキツいんだよ。絶対に勝ってこい」