「自分に勝つって気持ちいい」 サボり癖、体重超過、金のため…ボクサー比嘉大吾が再び宿した炎
過酷練習の後に放った比嘉の一言に驚き、野木トレーナー「天からの蜘蛛の糸かと…」
でも、あの日惚れ込んだ才能は消えていない。確かな可能性を信じた。もともと、野木トレーナーのメニューは多くの選手が恐れる過酷な内容。いつも通り追い込んでいた今年6月頃、思いもよらない転機があった。
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まだ武居戦が決まる前。1分間、全力でサンドバッグを打つ。休憩は1分だけ。「頑張れ! 頑張れ! 頑張れ!」。檄を背に、比嘉は全メニューを「本気」で乗り越えた。そして、汗だくの顔でポツリ。
「自分に勝つって気持ちいいですね」
野木トレーナーも初めて聞いた。「僕には天から垂れ下がった一本の蜘蛛の糸かと思った。光が見えたんです。復帰後初めて気持ちが体についてきた。これはもしかしたら……と」。すぐに引くと、糸は切れるかもしれない。武居戦の日程が定まりかけた時期。「自分に勝つって気持ちいいだろう?」。そんな言葉をかけながら手綱を引く。2週間後、喫茶店に呼び出した。
「ここからは本腰を入れてやろう。あと2か月半しかないから、ここだけ頑張れ」
自分に勝つ快感を知り、再び魂に炎が宿った。気持ちで拳の重みが驚くほど変わり、ミットを持つ手も熱い。「大吾のパンチだ」。フライ級時代が懐かしい。「本気になってくれた。今までにない練習が積めた」。6年5か月ぶりの世界戦が正式決定。比嘉は吹っ切れた。「あと2か月は死ぬ気で頑張ろう。人を変える」。13ラウンドのスパーリングも乗り越えた。
人生を左右する有明アリーナのリング。「戻ってきたというより、戻らせてもらった」。陣営に感謝を伝えて入場。「試合結果は2分の1。勝ち負けは神様にお任せ。あとは自分の好きなようにやる」。復活を待ち望む1万5000人の歓声が全身に沁みた。「久しぶりだな」
KOパンチャー同士の一戦。振り回した比嘉の拳がどよめきを起こした。斬るか、斬られるか。両者の顔から血が流れた。ガードを固めた野獣。歯を食いしばり、リーチの長い王者に飛び込んだ。終盤まで劣勢。しかし、11回だ。外から振った左拳が着弾。起死回生のダウンを奪った。
最終12回はポイントを獲った方が勝つ大接戦。1分のインターバル中、野木トレーナーは一つだけ授けた。
「自分に勝ってこい。お前の最大の敵は比嘉大吾だぞ」
だが、すでに全てを使い果たしていた。力を残した王者に圧をかけられ、出たくても出られない。「距離を潰せ!」。セコンドの声とは裏腹にジリジリと後退。0-3の判定負け(113-114×2、112-115)。花道を歩き、大きくなる拍手が試合の凄まじさを物語った。