五輪金メダル→プロで世界一 「夢を与える」と言わないアスリートの持論「叶わなければ負け犬か?」――ボクシング・村田諒太
自分らしく生きられるのは何か、スポーツは自分と向き合うための有用なツール
もちろん、夢や勝利を追いかけていいのですが、親がそういうマインドでは寂しい。勝った、負けた、よっしゃ! うちの子が使われている、レギュラーじゃない……そんなことじゃない。その状況で子どもが何を学んでいるのか。
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それは子どもに言ったらダメだと思うんですよ。「レギュラーじゃなくていいから」と言ったら頑張らないから。だからといって、親がしゃしゃり出たらおかしくなる。僕らは後ろから見守るだけでいいんじゃないかな。結局、最終的に自分で決めんかったら人生おもんない。自分の好きな生き方を選べばいい。
今は人の生き方、選択を善悪で判断する人が多い。何でも善悪で分けすぎです。自分が善悪だと思っていることなんて、実は好きか嫌いかだけの話。善悪で分けると、くだらない争いが起きてしまう。個人の善悪で決めつけ、人を裁かない。俺は俺の好きなように生きる、嫌いな生き方はせえへん、それでいいと思う。
自分が自分らしく生きられるのは何か、自分に聞くことが大切。人に聞いたり、スマホを見たりしないで、自分自身に向き合う時間をつくること。瞑想でも、散歩でも、目を閉じるだけでもいい。自分自身に問いかける瞬間が必要。自分と向き合うために、スポーツは凄く有用なツールです。
僕は中学2年の時、喧嘩に負けたことにされ、噂話に腹が立って「俺が一番強いところ見せたるわ」と思ってボクシングを始めました。自分が強いと証明したかったし、自分自身にも強さを証明したかった。人を殴ること、困難に耐える心が強くなったかもしれない。だけど、そういうものを求めるほど、人間として自分がいかに弱いかを知った。
自分が一番強いと思ってもらえない限り、自分に価値があると思えない。自分という存在を認められない自分の弱さ。それを常に感じていたし、いまだに感じます。自分がいかに弱くて、汚くて、醜くて、ダメなのか。ボクシングは自分の弱さを知っていくためだけの旅でした。根源的なところでは、人間に大して差はない。それを知ることが、ボクシングを通じて唯一得られたものです。
最後の試合から2年4か月。やりたいことがないならなくてもいいと思っています。だけど、求めてくれるのであればやるというスタンス。パリ五輪の後、燃え尽きる子もいるでしょう。そういう子たちに僕から何かできることもあると思います。必要とされること、面白いと思うことをやっていければいいですね。
■村田 諒太 / Ryota Murata
1986年1月12日、奈良市生まれ。38歳。中学2年でボクシングを始め、アマチュア時代に南京都高(現・京都廣学館高)で高校5冠。東洋大、同大学職員で全日本選手権5度優勝。2011年世界選手権で日本勢史上最高の銀メダル。12年ロンドン五輪ミドル級で日本勢48年ぶりの金メダル。13年8月にプロデビューし、17年10月にWBA世界ミドル級王座を奪取。五輪金メダルとプロで世界王者になったのは日本人唯一。18年4月にミドル級では日本人初の防衛成功。同10月のV2戦で王座陥落したが、19年7月に奪還。22年4月のゲンナジー・ゴロフキン戦を最後に引退。身長183センチ。家族は妻、長男、長女。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)