56歳で正社員を辞して転身「この挑戦は絶対面白い」 副業禁止で…女子ゴルフ桑木志帆に懸けた可能性
指導は「少しだけ」で立ち位置はGM
その後も中村氏は適時アドバイスを送りながら、試合会場では取材者として桑木と接していた。23年7月、資生堂レディスで桑木がPO負けを喫して号泣する姿も現場で見ていた。そして、23年シーズンは優勝こそなかったものの、メルセデス・ランキング10位で終了。その後、桑木サイドから正式にコーチ就任要請が届いた。
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「正直、自分の人生を考えて『このチャレンジは絶対に面白い。共に成長して行ける』と感じました。しかし、会社は社員の副業を禁止しているので、話し合って業務委託にしてもらいました。なので、今季はメディアとコーチの仕事を隔週で入れ替え、試合に同行しています」
ただ、中村氏は「僕自身はスイングの指導は少しだけです」と明かした。
「理由は彼女がジュニア時代から、コーチを付けることなくここまでやって来ているので、ヒントを与えると考え、自分のものにできる能力を持っているからです。コーチの仕事はスイングだけではなく、選手の夢や目標を達成させることにあります。そのためには多岐に渡ることをするべきと思っているので、僕はゼネラルマネジャー的な立ち位置でいることを心掛けています」
現実にトレーニングの必要性を説いて小楠氏を紹介し、多くの女子プロが師事する橋本真和パッティングコーチともつないでいる。初優勝を飾った資生堂レディスの練習日には、アプローチ向上のために現場にいたタイトリストのウェッジコーチをつないでラフからの打ち方を教えてもらっていた。それが、最終18番パー4で優勝を決定づけるグリーン左サイドからの第3打を生み出した。
正利さんいわく、桑木は幼少の頃から人懐っこい性格。地元のシングルプレーヤーからポイントを教わる度に吸収し、腕を上げてきた。伝えられた情報を取捨選択できる能力もあることから、中村氏は「必要な時に必要な人を紹介し、環境も整える」ことに徹しているという。
ただ、会社の正社員と業務委託では「安定感」に違いがある。桑木のコーチ業も契約ゆえに、長く続く保証はない。それでも決断した理由は、桑木の人間性にも魅力を感じていたからだった。
「去年の資生堂レディスで年下の櫻井心那プロに負けた時、『相手の方が上でした』と言っていたことが印象的でした。決して周りのせいにはせず、自分の力不足を認めて、課題が見つかるとクリアできるまで練習し続ける。だからこそ、『勝たせてあげたい』『力になりたい』と思いました。それはご両親、岡山から駆けつけている応援団の方々も同じだと感じています」
中村氏は最終日の朝のスタート前に、インスタグラムのストーリーズに桑木の練習する姿を載せ「未来は切り開くもの 逃げずに立ち向かえ!」のメッセージを記していた。そして、桑木はアグレッシブなプレーで自分へのリベンジを果たした。その現場にいて、喜びを共有できたことこそ、最高の喜び。それを噛みしめた中村氏は、再び桑木とともに勝利を目指す。
(THE ANSWER編集部・柳田 通斉 / Michinari Yanagida)