ラグビーリーグワン初制覇への軌跡と戦略 世界的司令塔を招聘、契約書に書き加え奏功した一文――BL東京GMインタビュー
契約を担ったマネジメントスタッフの勝利
最高のスタートを切ったBL東京だが、薫田GMは冷静にチームを見つめていた。
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「まず、ウチの傾向として、どのチームとも接戦をしています。14節のホンダ(三重H)戦が最たるものです。開始から70分間負けていましたからね(最終スコア8-7)。接戦が多いのは、例えば埼玉WKと比較すると、彼らのラグビーナレッジ(勝つための経験値、ゲーム理解力)の高さと、我々の低さに明らかな差があったからでしょうね。でも、トータルバランスでは埼玉に負けてしまうとしても、(決勝トーナメントの)一発勝負で勝てる可能性があるという感触もありました。後は、シーズンを戦う中では、チーム力はまだまだ上げていける、伸びしろがあるなとは感じていました」
GMが指摘したように、今季11位に終わった三重Hを1点差で凌ぐなど、下位チームも含めて接戦を演じてきた。理想をいえば下位にはしっかり快勝する安定感も欲しいところだが、プレーオフ前のコラムでも紹介したように、接戦での勝敗を見ると興味深い昨季からの変化も見えていた。得失点やトライ数などのデータは前季比でも大きな変化はないBL東京だったが、リーグ戦での7点差は、一昨季が2勝3敗だったのに対して昨季は6勝1分けと圧倒的に勝ちゲームにしている。この変化に関しても、薫田GMは新加入の司令塔の存在が大きいと力説する。
「私の実感としては、これはもう圧倒的にリッチーだと思います。実は今季、静岡での試合で五郎丸(歩、元静岡BR、日本代表FB)が、こんなことを話しかけてきたんです。『東芝に本当にいいSOが入ったらヤバいぞと、ずっと思ってました。最後にここ(モウンガ獲得に)来ましたか!』。ウチは22-23年シーズンもオフロードパス、ボールキャリーやゲインメーターという(攻撃面の)数値は高かった。でもリッチーの加入で、それだけじゃない部分、エリアマネジメント、ゲームコントロールそしてチームを落ち着かせるという部分で、アタック一辺倒だけじゃなくなっている」
モウンガは、ラン、パス、キックなどのスキルの高さが注目されるが、個人技と同等にゲームメーカーとしても卓越したSOだ。チームがピッチ上のどのエリアでプレーしているのか、どんな時間帯か、そしてスコアなどを総合的に判断した上で、最適なプレーが何かを理解し、実行する。薫田GMは、ゲームコントロール、エリアマネジメントに、この10番の卓越した資質があると評価する。五郎丸さんの指摘も、このような戦況を読み取り、ゲームを組み立てるモウンガの能力を認めた上で、チームがさらに機能し始めていることを実感してのものだ。モウンガの加入で、チームが「勝てる(能力を持つ)チーム」から、接戦をものに出来る「勝つチーム」へと変貌したことが、今季の王座奪還に繋がっている。
先にも触れた契約交渉では、この世界クラスのスターを相手に、日本のラグビー界で一時代を築いた名門チームとしての自負、そして価値観を訴えている。
「(契約交渉の)最初のプレゼンテーションの時から、ウチではサバティカルは一切考えていないと伝えています。例えばリッチーとの契約では、何チームかが競合してプレゼンをしていました。でも、その中で、我々の歴代レジェンド選手を見てくれと話しています。スコット・マクラウド、アンドリュー・マコーミック、スティーブン・ベイツ、そしてデビッド・ヒル。大半がオールブラックスです。我々は、彼らとも1年、2年なんて契約はしてこなかった。皆6年以上プレーしてくれて、東芝のレガシーをしっかりと創り上げ、残してくれた。だからサバティカルなんて一切考えてない。文化を創り、共に成長するのが我々のDNAなんだと伝えました」
サバティカルは、ラグビーでは代表チーム、所属チームを1シーズン離れて休養する制度のことだ。NZ協会がトップ選手に適用しているが、何人かの選手はこの制度を利用して日本など海外で1シーズン限定のプレーをしている。BL東京では、このような1年限りの単なる助っ人という採用をせずに、欠かせない仲間として互いにチームで戦い、歴史を築き上げていく文化を貫いている。この流儀で実際に栄光を掴んできた成功体験を持つ名門だからこそ訴えることが出来る主張だ。そんなビジョンを受け入れてシーズンを献身的に戦い続けたモウンガ、フリゼルも素晴らしいが、契約を担ったマネジメントスタッフの勝利でもあった。
(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)