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元野球部も戦った花園初の合同チーム 英断の裏で…15人必要な高校ラグビーの部員不足という深刻な病根

全国高校ラグビー大会「花園」は1月7日、桐蔭学園(神奈川)の3大会ぶり4度目の優勝で幕を閉じた。元日の3回戦以降は好ゲームと強豪校のレベルの高さを印象づけるプレーの連続だったが、歴史的な“異変”も起きた大会としても歴史に刻まれることになった。103回の歴史の中で初めて「合同チーム」若狭東・敦賀工(福井)がハナゾノの舞台に立った。高校生にラグビーをやらせたいという関係者のファインプレーだった一方で、このチームが象徴する部員不足、出場校不足は大会ごとに深刻さを増している。合同チームの存在意義と監督、選手がどんな困難と学びを経験したのか、そして高校ラグビー、日本ラグビーの根幹に関わるユース世代の競技人口問題を当事者たちに聞いた。前後編の前編。(取材・文=吉田 宏)

「花園」の舞台に初めて合同チームが立った【写真:Getty Images】
「花園」の舞台に初めて合同チームが立った【写真:Getty Images】

103回の歴史で初めて合同チームとして戦った若狭東・敦賀工

 全国高校ラグビー大会「花園」は1月7日、桐蔭学園(神奈川)の3大会ぶり4度目の優勝で幕を閉じた。元日の3回戦以降は好ゲームと強豪校のレベルの高さを印象づけるプレーの連続だったが、歴史的な“異変”も起きた大会としても歴史に刻まれることになった。103回の歴史の中で初めて「合同チーム」若狭東・敦賀工(福井)がハナゾノの舞台に立った。高校生にラグビーをやらせたいという関係者のファインプレーだった一方で、このチームが象徴する部員不足、出場校不足は大会ごとに深刻さを増している。合同チームの存在意義と監督、選手がどんな困難と学びを経験したのか、そして高校ラグビー、日本ラグビーの根幹に関わるユース世代の競技人口問題を当事者たちに聞いた。前後編の前編。(取材・文=吉田 宏)

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 生駒おろしを感じさせない穏やかな日和の花園に、大会最初のノーサイドの笛が響いた。1回戦第1試合。真っ先に敗退が決まったチームの囲み取材に、2人の主将が並んだ。1人は若狭東のPR若泉裕太くん。つまり若狭東・敦賀工と名乗るチームの主将だ。もう1人は、このチームでは1選手として14番を背負った、敦賀工主将のWTB浜野悠人くんだった。

「合同チームとして花園でプレーできて嬉しかったです。合同チームで頑張ってきたことを(試合の)最初から出せたらもっといい試合になったと思います。それが、あまり前半からは出せなくて、こんなものかと思われたかもしれないけれど、他の合同チームに勇気を伝えられたらいいですけど」

 若泉主将がこう振り返った合同チームの花園初めての試合は、目黒学院(東京)の前に7-62の完敗に終わった。花園で優勝、準優勝ともに5回を誇り、強烈なパワーを持つトンガ人留学生も擁する相手に力の差を見せつけられたが、試合後の取材は敗戦チームに記者が殺到する異例の事態となった。

 高体連が大きな決断を下したのは昨年1月のことだった。ラグビー、バスケットボールなど9競技で合同チームでの高校総体出場を認める――。この決定が、部員不足で地方予選にも出られない選手たちの夢と可能性を広げることになった。もちろん背景にあるのは、部活に止まらない社会問題となっている少子化だ。チームを編成できるだけの部員が揃わないのは、どのチーム競技も同じだが、中でも15人がプレーするラグビーはさらに深刻だ。従来も花園都道府県予選への合同チームの出場は許されていたが、予選を勝ち抜いても花園出場は認められていなかった。

 2022年度までは合同チームが県予選で優勝することはなかったが、全国大会出場が許された今季は、若狭東・敦賀工連合軍が福井県大会決勝で若狭を22-10で倒して歴史的な1歩を踏みしめることになった。福井県の出場校はこの2チームだけだった。

 福井合同は、実は特例措置でチームが認められたケースだった。若狭東を率いる朽木雅文監督が経緯を説明する。

「一緒に練習したのは2月からです。新チームでウチは選手が12人しかいない中で、敦賀工に前年末からラグビーを始めた子が1人いるので、一緒に練習させてくれないかと相談を受けたんです。そこから一緒に練習を始めて、春の大会は一緒に出て、6月の北信越大会も一緒にやりました。そこで一区切りとなったが、ウチには新しい部員も入って15人を確保できていた。でも、当時部員が3人になっていた敦賀工を、秋(花園予選)になって“ハイ、さよなら”というのはなかなか心苦しかった。どうにかならないかと思っていたのが、特例として合同チームでの参加を認められたのです」

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吉田 宏

サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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