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井上尚弥は逃げない 大橋会長が語るマッチメークの流儀「負けを恐れる必要ない」

「世界王者の大橋」よりも「ロペスにベルトを獲られた大橋」に価値がある

――ある意味、ヨネクラジムの伝統と言えるかもしれませんね。

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「私が現役だった頃は協栄ジムが隆盛を誇っていましたけど、協栄ジムは無敗のままチャンピオンになった選手が多いと思いますよ。具志堅用高会長なんかはその筆頭ですよね(協栄ジムはジム別で12人の世界チャンピオンを輩出。うち無敗のまま世界チャンピオンになった選手は5人)。もちろん負けないでチャンピオンになるのが一番いいし、それはすごいことなんです。ただし負けを恐れる必要はないというのが私の考えです」

――負けて強くなるという“ヨネクライズム”が、選手をプロモートする立場になっても変わらないということですね。

「そうですね。だから14年9月、八重樫東が当時最強と言われたローマン・ゴンサレス(通称ロマゴン)と試合(WBCフライ級王座防衛戦)をした時も、八重樫には『これで終わりなんて思うな。そんな切羽詰まった気持ちでやるな』と言いました」

――大橋会長も現役時代の90年10月、メキシコのリカルド・ロペスと対戦しました(WBCミニマム級王座の防衛戦)。ロペスは大橋会長に勝って初めて世界王者となり、長く王座を防衛して無敗のまま現役を引退しました。生涯無敗のレジェンドです。

「あの時はロペスがホープという位置付けて、八重樫がロマゴンとやった時とは状況が違います。しかも自分はビデオを見て『勝てるかな』と思ったんですよ(結果は5回TKO負けで王座陥落)」

――でも、ロペスと戦った大橋会長だからこそ、八重樫選手とパウンド・フォー・パウンド・ランキング1位(全階級を通して最高のボクサー)だったロマゴンの試合にためらいがなかったのだと思います。

「ロペスと試合をしたことがのちのち生きたのは間違いありませんね。正直な話、私が世界に出かけて行って『世界チャンピオンだった大橋だ』と言っても、みんな分からないんですよ。ところが『ロペスにベルトを獲られた大橋だ』って言うと、みんな『オッー!』となる。ほんとですよ。だから、八重樫には『その時代に最強と言われる選手がいるなら絶対にやっておいた方がいいよ』と言いました。八重樫も『やります』と即答でしたね」

――八重樫選手はゴンサレスに9回TKO負けでした。

「あれは8ラウンドだったかな、もう負けているから『勝負してこい』と八重樫をリングに送り出したんです。その時、ふとリングサイドに目を向けたら多くの人が泣いているんですよ。八重樫がけっこうパンチをもらっていましたから『あれ、オレは酷いことをさせているのかな』って思ったんですけど、みんな八重樫の奮闘ぶりに感動していたんですね。あれはちょっと不思議な光景で、よく覚えています」

(渋谷 淳 / Jun Shibuya)

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