なぜ、水野晃樹はオシムに愛されたのか コーチを咎めた「分からずに叱るな」の言葉にあった答え
お客さん気分で行った初めての日本代表「タカさんが一番衝撃的で」
とは言え、同年夏のアジアカップのメンバーにも入り、大会を戦っている。
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「自分はチームで一番若かったのもありましたが、まだ気分は“お客さん”でした。俊さん(中村俊輔)、ボンバーさん(中澤佑二)、(川口)能活さん、『テレビで見ていた人と一緒のところにいる!』って舞い上がって。みんな、クオリティが違いました。タカさん(高原直泰)が一番衝撃的で。ゴールハンターというか、得点する能力をすべて持っていました。頭も足も全部、上手くて。すごい点取るなって、ファンのような気持ちで(苦笑)」
アジアカップは、4位という不完全燃焼な結果に終わった。
水野は2試合に出場した。代表に選ばれたことで、自然と注目を浴びることになったという。しかし、その立場に甘んじたくはなかった。ジェフでは中心選手になって安泰だったが、「這い上がる人生を戦ってきたからこそ、今があるんじゃないのか」と血が騒いでいた。
そして2008年1月、水野はジェフを退団。周りの反対を押し切って、大胆にもスコットランドのセルティックへ移籍するのだ。
「無謀」
そんな声もあった。しかし、サッカーに対して信じて向かっていける「純粋さ」だったとも言える。
「自分は賢いわけではないので、目の前のことを懸命にやってきました。それが俺の力になると信じて。だから、『行き当たりばったり』と言われるかもしれないけど、『やってみないと分からない』という気持ちが強いんです」
水野の言葉だ。その無垢さこそが、オシムに愛された理由だったのかもしれない。
(小宮 良之 / Yoshiyuki Komiya)