プロになった今、不思議に思う 田中希実、遊びと競技の曖昧な境目「あの頃の私はどこに」【田中希実の考えごと】
存分に遊んでいた自分はどこに…聞こえてきたアリスの言葉とは
練習会メンバーの有志でチームを組んでリレーマラソンに出場したり、六甲山を徒歩で縦断して有馬温泉に浸かって帰る(約20キロ)ということもあったが、それもレースとか練習とは思わずただの遠足気分の悪ガキ集団であり、率いる両親には冷や汗ものだったに違いない。
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とにかく私たちは、遊び感覚でどんどん体を動かし、よく言えば自分たちの王国、悪く言えば猿山を築き上げ、その中を天下御免で走り回っていたのだ。
だから、私は競技を本格的に始めたのは、中学の部活からですと答えるようにした。私からすれば、練習会をしていても、大会に出ていても、走り出すと全力疾走でも、負けて悔しくても、小学生までは遊びの範疇だったからだ。ただ、中学生の頃も、多分に遊んでいる節が残っていた。
虹の色の境目がわからないように、遊びと競技の境目は、わからないものだ。
今、プロになってみると、そのことがとても不思議な気がする。あの存分に遊んでいた自分は、今どこに行ったのだろうか。いつの間に、こんなに競技一色に染まったのだろうか。
プロになってからは練習日誌をつけることも個人の考えに任されるので、とりあえず練習内容を書き留めるだけでもしとこうと、不思議の国のアリスの絵が表紙になったノートを引っ張りだしてみると、本でいう題名に当たるところに、英文で何やら書いてある。
“It’s no use going back to YESTERDAY ,because I was a different person then,”
YESTERDAYの強調具合に何か感じるものがあり、どうにか調べて訳してみると、アリスがこう語りかけてきた。
「昨日に立ち帰るなんて無意味なことよ。だって昨日の私は別人だったのよ」
そう。だからこそ、あんなに楽しく走り回っていたあの子がたとえ今の私とは別人でも、つい昨日の私でしかないと言えるのだ。さらに、昨日のあの子を観察するのが、私には面白くて仕方がないのだ。また、こうして昨日のあの子の話を書き留めることが今の私にできる精一杯の遊びであり、遊びに意味なんていらないのだ。
面白ければそれでいい。だからアリスよ、もう少し放っておいてほしい。
(田中希実 / Nozomi Tanaka)