結婚、コミュニティ運営、指導者の夢 女子ラグビー鈴木彩香が引退後も切り拓く道
英国で見た「ラグビー=人生」ではない生き方
そのビジョンは『いつでも、どこでも、誰でもラグビーを楽しみ、みんなが自分らしく生きる社会づくりにトライする』。ミッションとして『私たちなりのラグビーカルチャーを構築し続ける。関わる人たちを巻き込み、エンパワーメントする』と謳う。女子ラグビーの普及啓発、社会的価値の向上を目的として、情報発信、普及活動、アスリートを通じた社会課題への取り組みを実践していくという。
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1人の女子ラグビー選手が、敢えてこのような組織の立ち上げに加わる起点になったのは、ラグビーの五輪種目復帰だった。ラグビーは、男子15人制が1900年の第2回大会から24年パリ大会まで4度実施されている。その後は出場規約(国籍条項)などの影響で五輪とは一線を引いてきたが、2016年リオデジャネイロ大会から7人制での復活を果たしている。
「10代の頃から日本代表で活躍させていただいて、2009年にラグビーがオリンピック種目に決まったことによって、今まで純粋に楽しんでいたのが、アスリートとして金メダルを目指すという生活に変わりました。ハードワークをし続けないといけなくなって、友達や家族と会う時間もなくなった生活のなかで、自分自身がラグビーに対してどうモチベーションを保てばいいのか、勝つために何がもっと必要なのかを考えるようになっていくなかで、ラグビーフォーカスになっていく自分がいました」
1人の女性としての生き方と、トップアスリートが直面する課題や悩み。女子ラグビーが五輪というステージに立ったことは、同時に選手たちに新たなチャレンジが課せられたことでもあった。
「勝つことにこだわる性格だったので、なんで日本代表でこれだけやっているのに勝てないんだろうという思いを抱えながら競技生活を送ってきました。こんなに一生懸命しているのに、成果が出ないし、女子ラグビーは有名になれないんだろう、私はどうすればいいのかなという疑問が浮かんできました」
そんな思い悩みながらの挑戦のなかで大きな転機となったのが、前述した2020年のワスプスへの挑戦だった。ワスプス(男子クラブ)がロンドンで創立されたのは1867年。日本では大政奉還が行われた年に誕生した歴史を誇る。現在は経営危機のためにクラブの基盤立て直しに苦闘しているワスプスだが、彩香さんが挑戦した頃は男子チームを中心にイングランドを代表する老舗クラブとしてラグビーの母国に君臨していた。15人制女子日本代表のレズリー・マッケンジー・ヘッドコーチ(HC)の後押しもあって挑んだ名門では、日本で経験し、培われたものとは全く異なる世界、価値観を学ぶことになった。
「自分自身が成長し、進化したいという気持ちからワスプスに入団し、チームの選手と暮らしていくなかで、いろいろなことに刺激を受けました。衝撃的だったのは、チームカルチャーが日本とは全然違っていたことです。私たち日本の選手は『ラグビー=人生』というか、すべてをラグビーに捧げて生きていくんだという覚悟を持って臨んでいた。でも、イギリスに行ってみたら、ラグビーって人生の一部だよねという気持ちで、友達だったり家族との時間を優先したり、自分のキャリアに対して真摯に過ごしていくような環境だった。
そんな選手たちと一緒に過ごすなかで、ラグビーも楽しんでいて、いろいろなことを諦めないでやっている彼女たちと私たちは何が違うんだろうという疑問が浮かびました。そこから、日本の女子も強化していくだけじゃなくて、チームカルチャーというところで、もう少し自分たちのラグビーの捉え方、在り方を考えながら、進めていくことが必要なんじゃないかなという気持ちが芽生えたんです」