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中津江村とカメルーン“遅刻騒動” 夜中3時到着も村民130人歓迎、日韓W杯から続く交流

2002年当時を知る鯛生スポーツセンターに勤務する津江みちさん【写真:宇都宮徹壱】
2002年当時を知る鯛生スポーツセンターに勤務する津江みちさん【写真:宇都宮徹壱】

たった4日間の滞在でカメルーン代表が残したもの

「とにかく皆さん、フレンドリーでしたね。フランス語なんて、まったくできない私に『ミチ、ミチ』って声をかけてくるんですよ。『君は誰のファンなんだい?』って気さくに聞いてくる時は、答えに困りました(笑)。なかなか到着しなかった時は気を揉みましたけれど、キャンプ期間は瞬く間に過ぎていって、お別れの時は私も思わず涙ぐんでしまいました」

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 到着の遅れに加えて、トレーニングマッチが県外で行われたため、カメルーン代表が中津江村に滞在したのは実質4日間。一方、鯛生スポーツセンターの改修費には、4億円以上が注ぎ込まれた。当時の村の年間予算が、およそ17億円だったことを考えると、それなりに重い負担だったはずだ。しかし津江の言葉を聞いて、少し考えが変わった。

「当時は坂本村長をはじめ、お年寄りの皆さんもお元気で、生き生きと輝いて見えました。大会後もカメルーンとの交流は続いていますし、向こうでも2002年のキャンプのことは語り継がれているそうです。中津江村の名前は残りましたけれど、1300人いた人口は1000人を切ってしまいました。でも、だからこそ、カメルーン代表が中津江村に何を残したのか、語り継いでいく責任が自分にはあると感じています」

 中津江村には、美しい記憶とカメルーンとの絆が残された。この地に暮らす人々にとって、これ以上のレガシーがあるだろうか。(文中敬称略)

(宇都宮 徹壱 / Tetsuichi Utsunomiya)

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宇都宮 徹壱

1966年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」を追う取材活動を展開する。W杯取材は98年フランス大会から継続中。2009年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞した『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』(東邦出版)のほか、『サッカーおくのほそ道 Jリーグを目指すクラブ 目指さないクラブ』(カンゼン)、『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)など著書多数。17年から『宇都宮徹壱WM(ウェブマガジン)』を配信している。

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