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極寒の「手作りリンク」から五輪へ 新濱&森重を育てた“酪農王国”にある少年団の情熱

手作りされた町営リンクで少年団がトレーニングする様子【写真提供:小村茂】
手作りされた町営リンクで少年団がトレーニングする様子【写真提供:小村茂】

保護者が協力、マイナス10度になって作られる町営リンク

 所属するのは小学1年生から中学3年生までの子供たちで、立ち上げた当初は100人近い団員がいたという。その後は少子化の影響もあり、新濱や森重がいた当時は約30人、現在は20人を切っている。

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 それでも伝統あるスケート少年団としての、情熱は衰えていない。年間を通じてほぼ毎日活動し、時期によって各地のリンクを転々。夏から10月頃までは車で片道3時間以上をかけて帯広の屋内リンクに通い、11月から12月にかけては100キロ離れた釧路のリンクを使う。

 そして冬の寒さが本格化する11月下旬から12月上旬に、いよいよ別海町の町営リンクが“作られる”。

「寒気が来て、気温がマイナス10度くらいまで下がる時があるんです。その時に少年団の保護者が集まって、車でアスファルトの上に何度も水を撒き、凍らせてリンクを造成しています。まさに手作りですね」(小村さん)

 当然、競技会で使われるような綺麗に製氷された屋内リンクとは状況が大きく異なる。小村さんも「本当にその日の気温次第でアイスコンディションが変わってしまうようなリンクで、転んだらすぐ怪我をしてしまうようなところ」と認めるとおり、選手にとっては過酷な環境であり、屋外のため雪が降ればリンクに積もってしまう。

 そんな少年団で中学生までスケートに親しんだ新濱と森重の2人が北京五輪に、しかも同じ500メートルと1000メートルの選手として出場するのだから、指導した小村さんの感慨もひとしおだろう。

「お互いに刺激し合いながら、良い関係で切磋琢磨しているんだなと。嬉しく思うのと同時に、誇らしげに見ている状況ですね」

 別海スケート少年団白鳥では、創設者の楠瀬功さんの娘である志保さんが、1994年のリレハンメル五輪と98年長野五輪に出場。2018年平昌五輪と今回の北京五輪に出場する郷亜里砂(イヨテツスピードクラブ)も別海町生まれだが、別のスケートクラブ出身のため、小村さんにとっては新濱と森重が教え子で初の五輪出場選手となる。

 4歳差の2人は、スケーターとして「まったく正反対のタイプ」だったという。

「新濱はどちらかというと努力して、苦労して伸びてきたというイメージ。中学時代もなかなか成績に結びつかず、悔しい思いをしてきた選手でした。一方の森重は本当にエリートという感じで、コーナーワークを覚えるのは遅かったんですが、覚えた途端にトントン拍子のように上達していく。1つ教えたら2つ、3つのことができるみたいなところがあって、中学3年生の時には中学記録も作って、500メートルと1000メートルの二冠を達成しました」

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