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憧れた後輩3人が明かす松田直樹伝説 泣かされた水沼宏太「でもそれが大切な思い出」

坊主でプレーする松田さん、一時期のトレードマークになった【写真:Getty Images】
坊主でプレーする松田さん、一時期のトレードマークになった【写真:Getty Images】

3人が語る松田直樹伝説、遭遇した食堂「宏太は泣かされていた(笑)」

――試合で同じピッチに立った経験もあると思います。ともに戦う仲間として、どのような存在でしたか?

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アーリア「僕がプロ初ゴールを決めた試合は、マツさんもゴールを決めていたんです。それで二人でお立ち台に上がったのは最高の思い出で一生の宝物。ただマン・オブ・ザ・マッチに選ばれたのが僕で『なんでお前なんだよ』って怒っていた(笑)」

金井「マツさんはそういうところありますよね。誰もがすごいと認めているのに、本人はもっと目立ちたいみたいな」

水沼「自分が2種登録でJリーグにデビューする直前、練習試合で一緒にプレーしたんです。そうしたら『後ろは任せろ。お前の好きなようにやれ』って言ってくれて、とにかく心強かった。全部止めてくれるだろうというオーラがすごくて、自分のプレーだけに専念できたからリーグ戦のメンバーにも入ることができたんです」

金井「僕はマツさんと一緒に3バックを組ませてもらったことが大きな自信になりました。プロ1年目ということもあって縮こまってプレーしていたら『世代別代表ではもっとのびのびやっているんだろ?』と声をかけてくれて。それでプレッシャーから解放されました」

アーリア「その頃のマツさんが30歳過ぎくらいだったから、ちょうど今の自分たちと同じくらいの年齢じゃない?」

水沼「自分たちの年齢が当時のマツさんの年齢に追いついてきているのは信じられないし、不思議だよね」

アーリア「一緒にプレーしたのは2010年までのたった数年だけど、倒れたと聞いた日のことは忘れない。あまりにも身近な存在すぎて、練習にも身が入らなかった」

金井「信じられなかったし、全身に力が入らなかった」

アーリア「マツさんが亡くなってしまってショックだった。ただ、それがAED(自動体外式除細動器)の普及していくきっかけになった出来事で、言い方が正しいか分からないけれど、亡くなってもなお影響力がすごい」

水沼「まさに伝説の人です」

――ピッチ外でも数多くの伝説を残したのが松田さんでした。

水沼「選手寮の近くの食堂でマツさんと遭遇したことがあって。ちょうど僕と貢史が夕食を食べている時だったよね?」

金井「覚えてるよ。太公望でしょ?(笑)」

水沼「そうそう! それでちょうど台風が近づいているという予報があって、マツさんは食事の途中から『明日の練習は休みだ』と言ってお酒を飲み始めて。それで自分たち若手も、さすがにお酒は飲まなかったけど、その会に参加することになって」

金井「最後、宏太は泣かされていた(笑)」

水沼「マツさんに『お前、今のままじゃダメだぞ!』ってダメ出しされて。なぜか太公望のおじさんにもきつく言われて(笑)。それで夜中にようやく会がお開きになって、寝て起きたらしっかり晴れていた(笑)」

金井「しかもフィジカルトレーニングの日ね!」

アーリア「泣かされたから覚えてるんでしょ?」

水沼「間違いない。それとトレーニングが厳しかったから(笑)。でもマツさんと初めて深い話ができた大切な思い出なんだよね」

アーリア「伝説と言えば、マツさんはいきなり坊主になったりする(笑)」

水沼「あったあった! たしか『オレが坊主にしたんだからお前たちも坊主にするよな?』みたいな」

アーリア「オグくん(小椋祥平)やコミくん(小宮山尊信)、裕介くん(田中/現・ファジアーノ岡山)、あと学(齋藤/現・名古屋グランパス)も坊主にしてた」

水沼「頼むから話しかけないでくれって思ってた(笑)」

金井「本当に楽しそうにいたずらする人だったよね」

水沼「目をキラキラさせてね」

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