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両膝に8度メスを入れた北嶋秀朗が語る 「怪我と向き合わなくていい」の真意とは

2013年に現役生活を終え、現在は大宮アルディージャのトップチームコーチとして後輩たちの指導にあたる北嶋秀朗が、今だからこそ伝えたい想いを語ってくれた。前編の「選手権の呪縛からの脱却」に続いて後編は、「怪我と一緒に歩む」。プロ生活17年間で、サッカー選手にとって命ともいえる両膝に8度のメスを入れた北嶋が考える、怪我とどう向き合うべきか。競技者にとって避けては通れない怪我だからこそ、捉え方ひとつで何かが変わるのかもしれない。

北嶋秀朗が「怪我と向き合わなくていい」と語った真意とは【写真提供:大宮アルディージャ】
北嶋秀朗が「怪我と向き合わなくていい」と語った真意とは【写真提供:大宮アルディージャ】

左、右、左、右、左、右、左、そして右と、怪我“だけ”はしてきた

 2013年に現役生活を終え、現在は大宮アルディージャのトップチームコーチとして後輩たちの指導にあたる北嶋秀朗が、今だからこそ伝えたい想いを語ってくれた。前編の「選手権の呪縛からの脱却」に続いて後編は、「怪我と一緒に歩む」。プロ生活17年間で、サッカー選手にとって命ともいえる両膝に8度のメスを入れた北嶋が考える、怪我とどう向き合うべきか。競技者にとって避けては通れない怪我だからこそ、捉え方ひとつで何かが変わるのかもしれない。

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 アスリートは怪我と隣り合わせで生きている。高いレベルを求めると必然的に強度が上がり、一方で負傷のリスクが高まる。これはサッカー選手に限った話ではない。成長や進化と隣り合わせの大敵とどのように向き合うかは永遠のテーマといえるだろう。

 かつて日本代表でプレーした経験を持つ北嶋秀朗は屈託のない笑みを浮かべて言う。

「僕は怪我“だけ”はしていますから。引退会見では『17年間のプロ生活だったけど、13~14年は怪我か、サブか、ベンチ外で、輝いていたのは2年』と言いました。でも大げさではなく、本当にそれくらい怪我と過ごす時間が長いプロサッカー人生でした」

 人生初の手術はプロ1年目の冬。左膝にある膝蓋靱帯の腱が弱くなっていることが判明し、周りに浮遊している骨片を除去する必要があった。もっとも復帰まで2か月と、さほど時間もかからず、北嶋自身も後にこんなにも怪我で苦しむとは夢にも思わなかったという。

 キャリアが軌道に乗り始めた2004年に脱臼癖がついていた肩を手術すると、翌2005年からは手術の連続だった。

「2005年に右膝を脱臼してしまって、そのときにクッションになるはずの軟骨が剥がれてしまった。それが大怪我で全治4~5か月くらいかかって、復帰したら今度は反対側の左膝の軟骨を痛めて手術。それからは両膝が交互に痛くなって手術を繰り返して、2008年の頭までに計8回手術しました」

 左、右、左、右、左、右、左、そして右。古傷の両膝を撫でるようにして数えた。まさしく満身創痍。それでもモデルチェンジを繰り返して進化してきた。

「ドクターには『膝年齢がだいたい70歳』と言われていました。本当にボロボロだった。でも、工夫次第で膝は何も問題ないように見せてプレーすることもできる。それが自分にとってのエネルギーになっていました」

 連続でのジャンプは膝に負担が大きく、激痛が走る。だから相手DFとの競り合い方を工夫し、相手が体に触れられない場所とタイミングを研究した。ある決まった角度のランニングからストップするのが困難なため、逆算して体の向きを作るようにする。

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