ラグビーW杯の真実 日本代表の「分析官」が1年後に明かしたアイルランド撃破の裏側
ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会が、南アフリカの通算3度目の優勝で幕を閉じたのが昨年の11月2日。それから1年が過ぎた。数多の名勝負、眩いばかりの世界最高峰のプレーが、ファンを越えて日本中を魅了した中で、日本代表はベスト8進出という新たな歴史を切り開いた。
ジェイミージャパンでアナリストを務めた戸田尊氏インタビュー前編
ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会が、南アフリカの通算3度目の優勝で幕を閉じたのが昨年の11月2日。それから1年が過ぎた。数多の名勝負、眩いばかりの世界最高峰のプレーが、ファンを越えて日本中を魅了した中で、日本代表はベスト8進出という新たな歴史を切り開いた。
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この飛躍を実現した選手、指揮を執ったジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)がヒーローなら、その背後で躍進を支えたアンサングヒーローと称えられる存在が、アナリストと呼ばれる分析チームだ。この“頭脳集団”で手腕を発揮し、今春からトップリーグ2部に相当するトップチャレンジリーグ所属の九州電力キューデンヴォルテクスのヘッドアナリストに就任した戸田尊氏に、分析というフィールドから目の当たりにした日本代表躍進の真実と、ゲーム・チーム分析がこれからのラグビーにもたらす可能性を聞いた。
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スポーツにはグラウンド以外にもフィールドがある。数字やデータが並ぶ分析という際限のない広野だ。世界最高峰の技と国の誇りをかけたW杯の舞台裏でも、このフィールドでの熾烈な戦いが展開されていた。アナリストとしてチームのベスト8進出を後押しした戸田氏は、日本代表のW杯でのチャレンジを、こう振り返った。
「自分もプレーしてきた、そして仕事にしてきたラグビーですけれど、W杯日本大会は本当に可能性を感じることができた大会だったと思います。日本代表は、自分たちのスタイルを持って、そして信念と誇りを持って戦うことが出来た。対戦相手がいるラグビーですが、信念を失わずに戦うマインドセットを持って大会を迎え、しっかりと終えることができたのかなと思っています」
データに基づいた客観的な分析が仕事のアナリストだが、日本代表の躍進を語るその口からは「信念」「誇り」という情緒的な単語が何度も発せられた。しかし、数値とともに、このようなワードがなければ、おそらく世界最高峰の舞台で、アイルランドやスコットランドという強豪を倒してのベスト8進出は実現しなかっただろう。
1995年からラグビー、そして日本代表の取材を続ける中で、アナリストを取材して記事にすることは、2つの理由で多くはなかった。1つは、どうしても現場での取材が選手、コーチという優先順位で進められるためであり、もう1つは“情報”という、チーム、担当者らが、あまり多くを語りたがらないエリアを扱っているからだ。
しかし、長らく取材を続ける中で、アナリスト当事者や選手から聞く断片的な話から理解できたことがある。データ分析は、情報として示される数値ではなく、そのチームにどのような情報を提示することが必要なのか、そしてその情報に基づいて構築されたゲームプランや個々のプレーの選択を、どこまでチームが理解して遂行できるかが重要だということだ。
国内の学生レベルの試合でも見ることが出来るのだが、チームが決めた約束事を、試合中に選手が守れなくなれば、勝つことは難しい。これは全てのスポーツに共通する摂理のようなものだが、100メートル×70メートルという広大なフィールドで15人がいかに有機的に機能することを追求するラグビーという競技では、その重要性は日々高まっている。
1人の選手が防御で受け持つ相手以外の選手にタックルにいけば、チームが準備した防御システムが機能しないのは目に見えている。そして、人間というのは、恐れや不安、そして混乱が生じたときには、決められていた約束事を守れなくなる可能性が極めて高い生き物であり、15人という人数の中では、その可能性はさらに高まるものだ。
戸田氏が語った、信じること、誇りを失わないことが、分析に基づく戦術を履行するには欠かせないものであり、W杯での日本代表の成功には、自分たちのラグビーを信じてプレーを続けることが欠かせない要素だったのだ。
W杯で分析が顕著な成功に繋がった試合として、戸田氏が挙げるのはアイルランド戦だ。2019年9月28日、静岡・エコパスタジアムで行われたプールA組の試合は、両チームとも大会2戦目のカ―ド。日本代表にとって当時世界ランキングで4位という同組最強の相手との対戦に、4万7813人の観衆が埋めたスタジアムはキックオフ前から熱気と緊張感に包まれていた。