高校球児1030人調査した体組成データで分析 140キロを投げる投手に共通する身体的特徴
選手が気付き、行動を変えようとする「仕掛け」
「選手自身が、こちらが提供した内容について納得してもらうようにしています。というのも、これは長年教育指導をされていたある小学校の校長先生から、『子どもたちは驚き、感動、発見、納得、この4つのうちのどれか1つでも当てはまれば、無理強いしなくても自ら動く』という話を聞いたからです。私はその言葉に共感して、指導者が何かの情報を選手に伝えることで、選手の口から『やろうかな』や『やってみたい』というような主体的な言葉を自ら発するように導くことを心掛けています」
例えば今回の調査結果を基に、野球部で投手をしている選手に「140km/hを投げる投手は筋肉量(除脂肪量)が60kgくらい」と伝えることで、選手から能動的に「じゃあ、そのためにはどういうトレーニングをすればいいのでしょうか」と質問してくるような働きかけをすることもできる。
また、このプロジェクトは高いレベルの選手の情報提供をするだけではなく、幅広い選手を対象として測定した結果を開示することで、それぞれの選手の現状から手が届くような目標を設定することを可能にした。自分の身体、自分の身体のコンディショニングに選手が関心を持ち、課題を見つけ、行動変容を起こしていくことが今回の調査の本来の目的であり、こうしたコミュニケーションを生み出すための貴重な示唆が得られたと言う。
「私は長年、研究だけでなく、アスレティックトレーナーの実践者としても活動してきました。選手の行動変容を引き出す、この仕掛けこそが私のフィロソフィーになっています。大学で怪我をしてしまった選手がリハビリをするときに『ジャンプするためには、ここが足りないんじゃないの?』ときっかけを提供する。すると選手自身がそれを試してみて、もっとよくなる実感が持てたら、今度は選手から『先生、これはどうやって直せばいい?』のように質問が来ます。そうなった時は、行動変容への“仕掛け”が成功しているのではないかと考えています。
この場で恐縮ですが、正直このプロジェクトを遂行するのは、コロナ禍でもあったため非常に困難でした。しかし、このプロジェクトに賛同してくれたスポーツサイエンスラボラトリーの皆様、測定機材の貸し出しに協力してくれた株式会社タニタさん、測定に協力してくれたスタッフ、そして測定から分析まで多大な労を割いてくれた大学院生の木村くんと刀根くんの協力があってここまでの形にすることができました。今回ご紹介したのは私1人でなく、この課題に対して熱い想いを持って取り組んでくれた同志によって得られた知見です。この場を借りて感謝いたします」
さまざまな方々の協力により得られた、今回の高校野球選手の「パフォーマンスと体組成」の分析結果が、より多くの高校野球選手の明日の指導へ生かされることを願う。
※1コンディショニング パフォーマンスを最大にするため身体的な準備を整えること。コンディショニングを行うためには、筋力や柔軟性、全身持久力などさまざまな要素を総合的にトレーニング・調整する必要がある。
※2体組成 身体を構成する組成分で「脂肪」「筋肉」「骨」「水分」など
※3除脂肪体重(Lean Body Mass:LBM) 体重において体脂肪以外の筋肉や骨、内臓などの総重量
■笠原 政志 / 博士(体育学)、国際武道大学 体育学科 教授、国際武道大学大学院武道・スポーツ研究科 教授、国際武道大学コンディショニング室 室長
1979年生まれ、千葉県出身。強豪校である習志野市立習志野高校野球部で主将を務めた後、国際武道大学および大学院にてコンディショニング科学について学ぶ。その後、鹿屋体育大学大学院博士後期課程体育学研究科を修了し、体育学の博士号を取得。オーストラリア国立スポーツ科学研究所の客員研究員を経て、国際武道大学体育学科、大学院武道・スポーツ研究科の教授に。小学生からトップアスリートまで、幅広い世代に向けたコンディショニングに関する研究と支援(サポート)を行っており、国際武道大学ではコンディショニング室の室長も務めている。JSC(日本スポーツ振興センター)ハイパフォーマンススポーツセンター外部アドバイザー、日本アスレティックトレーニング学会理事、千葉県アスレティックトレーナー協議会代表理事など複数の職で活躍。
笠原氏の調査プロジェクトは動画でもご覧いただけます(https://www.youtube.com/watch?v=AsVmOP5AMCk)
(記事提供 TORCH)
https://torch-sports.jp/
(スパイラルワークス・松葉 紀子 / Noriko Matsuba)