勝利至上主義の野球に危機感 元巨人・佐藤洋監督、東北高で目指す“教えすぎない”指導
米国の少年野球チームの練習で見た驚きの光景
歯がゆさを感じていたその頃、ある出来事からヒントを得た。会社の研修で渡米する機会があり、その際に初めてアメリカの野球指導に触れたのだ。少年野球チームの練習に顔を出すと、チームに所属している10歳くらいの子どもがグラウンドに寝そべっていた。驚いたが、指導者に聞くと、「あいつはあれでいいんだ。仮に成長しなかったら、あいつの責任。俺はみんなに同じように教えている」との答えが返ってきた。指導者が注意しなかったのは、アメリカが自由の国だからではない。自分自身で考えることのできる野球人を育てるためだ。
それを機に毎年のようにアメリカに通い、あらゆる指導者に話を聞いた。技術的なことを詰め込んだり、怒鳴ったりはせず、伸び伸びとプレーさせる。選手と積極的にコミュニケーションを図り、なるべく多くの選手を試合に出場させ経験を積ませる。選手たちと一緒に朝からグラウンド整備をする。日本ではあまり見られない光景が、当然のごとく広がっていた。そして何より、子どもたちは笑顔で野球を楽しんでいた。
実力面で考えると、ジュニア世代ではそこまで大きくなかった日米間の差が、20歳を超える年代になってくると急激に広がるのが現状。日本では中学まで将来を嘱望されていた選手が、高校で挫折する例も少なくない。当時の日本で主流だった勝利至上主義、反復練習の徹底。これらは本当に正しいのか、改めて疑問が浮かんできた。
「みんなが思うよりたくさん練習しなくていい、必死に練習しなくていい。大会で優勝しなくてもいい」
アメリカの野球を見たことで、その思いはより一層強くなった。
野球を楽しんでもらうため、指導者になった当初から特に意識しているのが、選手とのコミュニケーションだ。子どもたちの「安全空間」をつくることを心がけてきた。「学校の先生もチームの監督も親も、全部嫌だという“大人恐怖症”の子どもは多い。野球の他にも学校や塾があって、家でも期待されて、1週間のうちに安全な空間がない」と前置きした上で、「その子たちが『この人は今まで出会った大人と違うぞ』と心を開き、『ここに来ると楽しい』『ここに来ると怒られない』という1週間に1回の空間を感じた時、野球の技術も大きく変わる」と、目指す指導の理想を説明する。